***White Christmas. |
「だいたいさぁ、その気ないんならもっと早くに言えって感じじゃん?! 人の純情を弄びやがって!」 「ちょっと藤波君、声大きい」 「だぁってさぁ……!」 「この人酔うと大変だねぇ」 「一人だけペース速いし」 「だって……こんなにも好きにさせといて今更それはねぇよ……」 意識はまだ大丈夫。ただ、ちょーっと口が軽くなるだけだ。 今日は24日。まさか俺がこんなクリスマスを過ごすときがこようとは。レンタルのバイト学生4人(なぜか俺以外女子)、寂しいもの同士で楽しくやろう、というハズが、俺の愚痴炸裂で台無しだ。けどそんなの気にしねぇ。 「ねぇねぇ、それって誰のこと?」 隣の席からミカちゃんが顔を覗き込んできた。 いや、いくら軽くなってる口でもそれはさすがに。 「知ってる人?」 「知らない人。全然知らない人。俺も知らない人」 「うーんもっと飲ませないとダメか」 「ビールばっかじゃん。チャンポンにした方が酔うんじゃない? 焼酎たのもー」 「ちょっとー俺を酔わせてどうする気ー」 「やーだって楽しいじゃん」 「藤波君が恋愛のことでこんなにグチるなんて」 「ねぇ?」 「くそぅ、お前ら面白がりやがって……」 言ってやろうか、ミカちゃん。ミカちゃんの大好きな斉田は男とキスしたんだぞって。 キスなら、した。キスだけなら。バカみたいに軽いやつだった。俺が無理矢理やったんじゃない。全部あいつからだ。映画館で一回。大学のゼミ室で一回。たった2回だけど、どういう顔していいのか分からなくて、笑って茶化した。あいつの部屋に泊まった事は何回かあるのに、部屋でされたことは一度もない。 「何でなんだよー……」 「斉田君さぁ」 「は?!」 「何その驚き。いや、今日バイト8時までって言ってたじゃん? ちゃんと来てくれるかな」 うきうきとミカちゃんが言う。 そうだ、勤労学生のあいつは今頃バイトに勤しんでることだろうよ。もう思う存分働くが良いさ。 「藤波君聞いてない? 仲良いでしょ?」 「良くねーよ!」 「もー、何キレてんの」 「あんな奴、知るかよ……」 あー、俺が女の子だったらもっと素直になれるのかなー。いや素直になったところであいつ意地悪だしなー。あでもあいつ女の子には優しいか。俺には冷たいけどな。あーくそ。 「斉田のバーカ……」 思わず名前出してしまったけど、八つ当たり? と笑われるだけで済んだ。ま、普通そうだよな。 「――あ、斉田君」 「仕事おつかれー」 げ、本当に来やがった。今俺絶対、顔情けない。 見られるのが嫌でテーブルに顔を伏せて寝たフリだ。あ、なんか本当に睡魔が襲ってきた。すると、頭上から声。 「こいつ、大丈夫?」 「さー、ふられたーってよっぽど傷心みたいだけど」 わー言うなって! 「ふられた?」 「あれ、斉田君も聞いてない?」 「絶対誰か言ってくんないんだよねー」 そんなの知られたらバカにされるだろ! と思いながらも顔を上げられない俺……あぁもう、気にもされないか。 座る気配もなく、斉田の落ち着いた声が聞こえた。 「ごめん、こいつ送って帰るわ」 え? 「えー、いいじゃんほっときなよ。今来たとこなんだし」 「うん、ごめんな。こいつバカだけど風邪引くから」 「あってめぇ誰がバカって?!」 「なーんだ元気じゃん、藤波君」 しまった、ついいつものノリで。 ばっちりと、目が合ってしまった。知ってたよ、みたいな、呆れた顔。 「どうする、藤波?」 さら、と髪を、撫でられた。 「……帰る」 顔が熱いのは酒のせいだ。うんきっとそうに違いない。 何でこんなことで、うれしいとか。 「優しー、斉田君」 ミカちゃんが言った。声が笑ってない。 「さみー……けど雪降らねーなァ」 「寒いのは嫌」 「俺も」 「……」 さっきの店からは斉田の家のが近いので、必然的に俺の足もそっちへ向かう。歩いて20分。商店街を抜けてからの沈黙に耐えかねて俺はそんなどうでもいいセリフを吐いたりしている。酔いなんてほとんど醒めた。言いたいことはそらもういろいろとあるけれど、なんでこいつが帰ろうと言い出したのかとか、考えるとわかんなくなってきて、何て言ったらいいのか考えるのも面倒になってきて、放棄。 もう雪とか降ればいいのに。そしたら少しは気分が晴れる気がする。ホワイトクリスマスとか言ってそれだけでロマンチックな雰囲気になる。気がするだけだな。 俺の半歩前を歩きながら、斉田が突然おかしなことを言い出した。 「お前さぁ、他の奴と飲みに行くなよ」 「は?」 いやいや、何その俺様発言。何でそんなこと言われなきゃなんないんだ。つーか、無理だし。大学生がお友達付き合い疎かにしちゃ終わりだろ。 「何でそうなるんだよ。別にいいだろ」 「お前、悪酔いするだろ」 「何だよ、悪酔いって。お前にしか迷惑かけてないからいーじゃん」 何回か家まで連れて帰ってもらったことはあるけど、それも全部こいつにだ。他の奴と飲む時はセーブするし。なのになんでそんなことを言われなきゃならんのだ。心外だな。俺が他にどんな迷惑をかけたって。 「変に絡むし、お前」 「なっ、んなことしねーよ! ただ愚痴ってただけだろー。手の一つも握っちゃいねーよ。お前な、いくら俺が女好きだからって友達に見境なく手出すほど落ちぶれちゃいねーよ」 俺の熱弁にも関わらず、斉田は納得いかないような顔。こっちのが納得いかんわ。 「大丈夫だっつの、マジで。記憶、全部あるし」 「マジで?」 本当に、心底疑う顔だ。心外だな。 「じゃ、俺に告ったことも?」 「――は?」 ちょっと待て、そこから?! そこからなのか?! 時間一気に飛んだぞ。 そんな俺の絶句が「そんなことあったっけ?」側に取られてると悟って慌ててフォロー。 「覚えてるに決まってんだろ!」 「何だ……」 いや、何だって何だ。嫌な予感に俺は思わず、 「もしかしてお前、酔った勢いでのおふざけだとか思って、なかったことにしてたんじゃねーだろーな?」 2人して思わず立ち止まる。斉田は黒いダウンに両腕つっこんで、むすっとした表情だ。こんな顔は珍しい。だいたいいつも俺に向けられる眼鏡の向こうは、無表情か、にやにやしてるかなのに。 「つか、普通そうだと思うだろ」 「思わねーよ! 普通って何だよ!」 「だから、俺も迷ったんだって。でもお前全然素直じゃねーし、やっぱ冗談だったんかなと」 「なっ、何人のせいにしてんだよ! それ言ったらお前だって全然優しくねーし! そんなんでこっちも素直になれるわけ――」 「何だ」 「え?」 「優しくしてほしかったわけ?」 「っ……」 口ごもったのは、決して図星だったからじゃない。こいつが卑怯なくらいの笑顔を見せたからだ。くそっ、なんだそのしてやったりな顔はっ。 「じ、じゃお前は俺に素直になって欲しかったのかよ!」 「あー、素直なお前は気持ち悪いなァ」 「何を?! 優しいお前も相当気持ち悪いわ!」 あーもう、やっぱりこんな会話になる…… 素直、素直って何だ。どうすりゃいいんだ。 「あーなんか、疲れるな……」 俺のセリフに、奴も平然と、 「そりゃこっちのセリフだ」 駄目だこれ、普通のカップルなら確実に別れる前の会話だ。救いようがない。 おかしいなぁ。俺なんでこんな奴のこと好きなんだ? わからんくなってきたぞ。って、そうだ、こいつはどうなんだ。 「お前、嫌じゃねぇの?」 「何が」 「だって、冗談だと思ってたんだろ。俺の告白」 でもそれは実は本気だってこと、ばれてしまったわけだ。これは、一大事じゃないか? そうだよ、一大事だよ! と柄にもなく緊張しながら自問自答してる俺の前でこいつは。 「あはは」 笑いかよ! カッコ笑いどころか大爆笑だよ。 「んだよ、てめぇ」 キレるぞおっさん。そんな笑い声っぽい笑い声久々に聞いたわ。 「すごい、顔真っ赤」 カイロみてぇ、と、冷たい手の平が頬に触れた。急だ。ぐっと近づく顔。やばい。感触は冷たいのに、抑えようとしても顔が勝手に沸騰する。 一瞬固まってしまった俺の耳に。 「あのなぁ、嫌だったらキスとかしねぇよ」 「―――」 頭の中で鐘が鳴った。除夜の鐘じゃない。クリスマス(教会?)のあれだ。 そうか、そうだよな。だって2回キス、してんじゃん。付き合ってる意識なくしちゃったってことだよな。それって、つまり…… 「お前俺のこと好きなのか!」 「声でけぇよ」 ぎゅうっと頬をつねられた。ひでぇ! 「お前、女の子にもそういう扱い?!」 「お前は女じゃねーだろ」 そりゃ、そうだけど。 「お前だって、女の子相手なら態度違うだろうが」 「当然だろ」 確かに、ある意味これがこいつといる時の自然体なのかも。 「ならいいじゃん」 「何がいいんだよ」 肩が触れるか触れないかくらいの距離で並んで歩く空間は確かに、さっきの迷いを吹き飛ばすくらいに居心地良かった。 |
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