格好悪い人 2


 安川の家を訪れることは今までもあった。しかし当然下心満載の俺はその都度動揺しまくりで、できる事なら行きたくなかったし、不自然でない言い訳さえ思いついたら断っていたのだ。
 だって好きな奴の家なんて、まずいだろ。写真でも見つければこの一緒に映ってる女の子は誰だろうとか、いつもこのベッドで寝てんだなぁとか、このダンベル使う時いつもどんな格好なんだろうとか、駄目だろやめろよそんなこと考えるのお前は変態か!と自分を抑えようとするあまり絶対挙動不審になるし、そんな姿絶対見られたくないし。
 だけど、まさか、そんな下心がバレてしまった今でも受け入れてもらえるなんて、そんな夢みたいな展開想像もしていなかったわけだ。俺、もう死ぬかもしれない。多分駅から家まで歩いていく道中で居眠り運転のトラックに跳ねられるかもしれない。上からバカでかい看板が落っこちてくるのかもしれない。うん、覚悟はできてる。どっからでもかかってこい。俺はこの幸せと引き換えに平凡な人生を手放す―――嘘。ちょっと言いすぎた。
 何せ、混乱しているのだ。
「―――相田? 入れよ」
 玄関のドアを開け、先に俺を促した。
「お、じゃまします……」
「今誰もいねーから」
「……」
 何余計緊張するようなこと言ってくれてんだ……!
 いや、普通の友達ならその方が気がラクなんだよな。
「先上行ってて。コーラでいいか」
「あ、あぁ」
 3回目だ。この部屋に入るのは。でも、一人で訪ねるのは初めてだ。いつもあの関西コンビが一緒だったから。
 ポスターもない、シンプルな家具の飾り気のない部屋は実に安川らしい。それでまだ小学校の勉強用デスクを使っているのが妙に可愛い。その机の上には弓道の雑誌。大学でも弓道部なのだ。高校の時からやっているとか言ってた。
 あの体で弓道とかズルすぎるよな。格好良いに決まってんじゃん。袴とかさ。運動神経もいいから絶対うまいに決まってんだよ。だからきっとサークル仲間にもモテてんだろなぁ。あ、一人美人な女の先輩見たことあるし、教えてあげる、とか言ってこっそり個人指導をしてもらうような仲になってたりとか……あああ、そうなってたらどうしよう!
「……座れば?」
「わっ」
 肩越しに声がして思わず跳ね上がってしまった。
 あぁもう既に挙動不審じゃん。何だよ俺……
 安川がベッドに座るのを見て、俺は床のブルーの絨毯の上に座った。ペットボトルのコーラが手渡される。俺が礼を言って受け取ると、安川は自分の分をペキッと開けて一口飲んだ。それを凝視している自分に気付いて慌てて俺も自分のを開けた。やばいやばい、気抜くと見惚れる。
「こないだ言ってたゲーム、やるか?」
 これからどうしよう、と思っていたところに安川がそんなことを言った。
 助かった。誘われて家までついてきたけど、駅でのことをさらに追及されたらどうしようかと思っていたのだ。
 駅で俺は、好きだと言ってしまった。
 あれ、でも、こいつは? 拒絶されることはなかったけど、好きだと返されたわけでもない。て、ことは………………
「あ、ゲームしたい!」
 駄目だ、考えるのはよそう!
 だから、こうして普通に接してもらえるだけラッキーなんだって。あんなこと言った後で。思い出すと頭カチ割りたくなるからもう忘れよう。
「昨日小暮と言ってたヤツだよなー。バトルなんとかってタイトルの」
 そう言ってテレビに近づこうとした俺の肩が、急に後ろに引っ張られた。
「わ―――?!」
 視界がぐるっと回った。
 背中が何かにぶつかって、それがベッドの横だと分かった直後、唇が塞がれた。―――はぁ?!
「お前、何なんだよ」
 いや、待て、それはこっちのセリフじゃないのか、っていうか今の、って、キス……?!
「……え……?」
 え、それで何で、こんな不機嫌な顔されてんの、俺。
「俺が好きなんじゃねーのかよ。ごまかしてんじゃねぇよ」
 そう言って安川が、ベッドの上から俺の少し染めすぎた髪をかき上げてきた。頭をなぞられただけなのに全身ぞわぞわと震えが走る。
「だ、て……お前は、違うだろ」
 俺に、どうしろって言うんだよ。今でさえこんな必死なのに。
「どういう意味だよ」
 あ、また、怖い顔。
「だって、お前が俺なんか好きなわけ―――」
 言い終わる前にまた唇が重なってきた。
 今度は少し、いやだいぶ深いやつだ。安川の、いつもまともに見る事すらできなかった唇が、何のためらいもなく合わさって、それどころか舌先で歯列を割られて舌同士絡ませて……うそだ、こいつがこんなことするわけない。夢だ、これは夢……
 と思ってたら、うっかり息するのを忘れてて、ぶはっと勢いよく息継ぎをした後咳き込んでしまった。
「何してんだお前……」
 いや、それまじでこっちのセリフですよね……!
 慣れてんじゃねーの、みたいな顔で言われて、ショックだった。だって安川のがよっぽど慣れてんじゃん。
「お前さぁ、俺のことすげぇ勘違いしてるぞ」
 ようやく解放されて息をついてると、濡れた唇が視界に入った。2人分の唾液が合わさったのだと思うと、あぁ気が遠くなりそうだ。
「え、勘違いって……」
「過大評価しすぎ」
 安川が言った。不本意そうだ。形の良い眉が寄ってる。
 いや、だって全然過大じゃないって。少なくとも、俺にとっては。
「格好良いのは本当だろ……」
 って、いざ口に出して言うとものすごく恥ずかしいな?! あぁこういうのは本人に言うべきじゃない。
 がっくりと頭を下げる俺の頭上で、はぁー、と溜息が聞こえた。
「じゃー格好悪いとこ見せてやる」
「え?……えぇ?!」
 ベッドの上で俺を跨いだまま、安川が、脱ぎ出した。
 何故?! と動揺しながらも、褐色の肌やきれいに割れた腹筋から目が離せなくて、ハッと我に返る頃には上半身裸だった。――何故?!
「ちょっ、ちょっと待て、安川……一体何を……」
 こっちはがんばって目をそらそうとしてるというのに、奴は俺をベッドに縛り付けてきた。手首を抑える大きな手の平も、触れあう足も、夢に見る事すらできなかった、夢のまた夢。
「俺も、好きだって言ってんだよ」
「え……」
「だから、お前相手だとすげー余裕なくなって、格好悪いし」
「そん、なの……」
 本当に? と見上げた瞬間、またキスされた。
 同時にシャツが捲られて、手の平が俺の貧相な胸を撫でた。
「んっ……! な、やっ……」
「何、嫌?」
「だっ、無理……絶対、無理!」
「何でだよ」
 ムッとしたのか、先端を少しつねられた。痛いはずなのに変な声が出てしまった。うわ、泣きたい……でも絶対、無理。
「だ、だって俺……お前のことどんだけ好きだと思ってんだよっ……!」
「はぁ?」
「だってこんなの、想像もしたことないのに……これ以上触られたら、俺……!」
 考えるのも怖すぎるんだよ! もう本当に息止まるかもしれないし、血上りすぎて今にも鼻血出そうだし、絶対醜態さらすに決まってる……!
 お願い、やめよう。そう視線に込めて訴えていると、あろうことか、「それは好都合」とにやりと笑われた。
「何が?!」
「想像でしてなかったなら、現実で正真正銘初体験だな」
「……!!」
 そういう問題じゃねぇ〜〜〜!
 って言いたいのに、俺を見下ろして不敵に笑うその顔がもう本当男前で……見惚れてる間にベルトが抜かれてしまった。
「わっ、あ……ちょっと……!」
 安川の手が。袴を着て力強く弓を引くあの手が。俺のを触ってる……
「うっ……わぁっ……」
 大きくて、熱い掌。涙目で見下ろしながらビクビクと体を震わせるしかなかった。
 そして何でこんなに早い、俺!嫌だとか言いながら欲望に忠実すぎるだろ。そうだよこれが嫌だったんだ。こんなの、恥ずかしすぎる。
 今にも弾けそうなそれを耐えようと我慢してると、手を動かしながら再びキスをされて、もう駄目だった。
「んんっ―――」
 溢れたそれが、安川の手を汚した。
「―――わぁぁっ! ご、ごめん!」
「何が?」
 そう言って、慌てる俺とは反対に安川は、その手を――
「なっ……舐めっ……?!」
 何故?! それが普通なわけ?! 男同士でやったことないから知らねぇけど!
 でも、そんな仕草も目の前の男だと、格好良い以外の何物でもなくて……
「……お、俺も……」
 したい。触りたい。
 ぼうっと血が上った頭でそう思いながら手を伸ばすと、体勢が入れ替わる。
 信じられない展開。だけど目の前にすると、願望は抑えられないものだ。
 本当に、俺でこんなにでかくしてくれてんだなぁ。いいのかなぁ、俺で。でも、すげーうれしい。
「おい……」
 自然と、というとあまりに変態ぽいから抵抗あるけど、気付いたら、口を開いていた。
 それには安川の方が驚いたようだった。いつもこんなことしてるのか、とか思われてないかと後から心配になったけど、もう遅い。こんなこと他の男にするわけない。安川じゃないと嫌だ。安川じゃないと―――
「相、田っ……」
 珍しく少し焦った声。頭を押さえて止めさせようとする手に、気持ち良くないのかと思わず見上げると、いつも涼しいはずの目には熱がこもっていて、初めて見るそんな顔にこっちの体がどうにかなりそうだった。そして咥えていたそれが口の中でさらに大きくなったのを感じた時、力づくで引き離されてしまった。
「なん、で……」
 もうちょっとだったのに。俺も舐めようと思ってたのに。
 強引に腕を引き寄せられて、背後から抱きかかえられた。
「くっそ……余裕ない……」
 後ろから肩越しに発せられる声はすぐ耳元で響き、俺の力を奪っていく。
 余裕ないって、あの安川が。
 まぁ、こっちは会った瞬間から余裕なんてないけど……
 固いままのものが腰の辺りに押し当てられて、こっちはそれだけでもやばいのに、俺の両足の間に入ってきた手が尻の間に入ってきた。
「っ……んっ……」
 右腕で腹部を抱きしめられたまま、左の指が中に入ってく。さっき俺が濡らした方の手なのか、少し冷たい感触がするけど、一本増えて、耳元に低い声がした。
「痛いか?」
 体が震える。
「いや……」
 違和感はすごいけど、痛みとはどうも違う。むしろもどかしい感じ。
 平気、と首を横に振ると、ほっと熱い息が首にかかった。たったそれだけの衝撃で指を締め付けてしまい、耳元で笑われてしまった。
「足りない?」
「っ……ちがっ……!」
 声を上げた瞬間、指がさらに突っ込まれた。
「んっ――!」
 体を震わせると、俺の腰を抱き寄せていた片腕に力がこもった。耳の傍で荒い息使いが聞こえる。指の動きも大きくなるにつれて、濡れた音が溢れてくる。
 いやだ、いやだ、恥ずかしい。どうせならほんの少しの理性も消えてなくなればいいのに。
「あっ、あっ……もう……安川っ……」
「っ……馬鹿、煽るな……」
 どこが何が、と疑問をぶつける隙もなく指を抜かれて、ベッドに横倒しにされた。肩を乱暴に抑えつけられて仰向けになった俺は、びっくりして頭上を見上げた。影と、静かな荒い呼吸が落ちてくる。俺はじっと見つめた。
 やっぱどんな表情してたって、安川は格好良い。
 顔を見たら絶対もっと恥ずかしいと思ってたけど、見てた方がましかも。だって確かにこいつのこんな顔、滅多に見れないし。
 俺の膝を開きながら、安川が少し掠れた声で言った。
「入れるぞ……いいか?」
「あ……」
『ちゃんと言ったら、聞いてやるから』
 駅で言われた言葉が脳裏に浮かんだ。小刻みに動いていた心臓が一際ドクンと胸を叩く。
 そんなこと言われたら……言うに決まってるだろ。
 聞いてくれるならもう隠さない、誤魔化さない。
「……れて……入れて、安川っ……」
「っ―――」
 本当に、想像もしたことなかったから、入れるとか入れられるとか考えたこともなかったけど、安川がしたいのならどっちでも良いと思えた。安川がくれるなら痛みでもなんでも構わないし、安川がやりたいことされるのが一番うれしいから――
「っ……あぁっ……!」
 思いっきり足を開かれて、腰を持ち上げるようにして入ってきた。シーツの上で体が逃げる。
「わり……力、抜けっ……」
「んっ、ん……!」
 ひどい醜態を晒すに決まってる、と予想通りだったけど、繋がってるという事実を目の前にそんなことどうでもよくなってしまった。
 こんなんで、気持ち良いのかな。
 眉をしかめながら少しずつ入ってくる安川を、涙越しに見上げる。熱に浮かされた頭で思うことはただ、気持ち良くなってほしいということだけだ。
「安川っ……」
「っ……辛いか?」
 汗ばんだ手で優しく頬を撫でられて、もうそれだけでまた泣きたくなって、胸が苦しくなった。
 こんなに優しいのに、それって俺だけになんだ。
「平気、だから……もっと、動いてっ……」
 痛くてもいいから、もっと感じたい。そう思ったら、考えるまでもなくそんなことを口走っていた。
 一瞬目を見開いたその顔が間近に降ってきた。
「んっ―――」
 噛みつくようなキスと、そして、同時に中のものがぐっと奥を突き上げた。
「んんっ……あ……っはぁ……!」
「も、お前……しゃべんな」
 それだけ言うと再び口を塞がれた。
 何だよ、それ。
 しかし不服を言う隙なんてあるわけない。
 絡まる舌は、言葉を紡ぐよりも安川を感じる方に夢中だった。
「ん、んっ――」
 気がつくと涙がぽろぽろと流れていた。理由なんて分からない。気付いた安川が指でそれを拭い、その手で俺の脚を持ち上げた。
「悪いっ……」
 そう言って抜き差しが激しくなった。
「――――!」
 悪いなんてあるわけない。恥ずかしい声を上げ続けながらそう思う。
 悪いとしたら、安川のこと好きすぎる俺が悪いんだ。





 目が覚めると、目の前に……乳首があった。
「―――はぁ?!」
「起きたか」
「え、あれ、何で俺……」
 と言ってる間に記憶は残酷にフラッシュバック。
「………………!!!」
 ババッと起き上がるがベッドのこっち側は壁なので行き場はない。
 覚えてる、覚えてるに決まってんだろあの痴態の数々……!
 うぉぉっ、と叫びそうになったが喉は予想以上に擦れていてそれもままならなかった。
 思わず、ベッドに両手をついてうなだれた。
「ごめん、俺っ、なんてひどいことをっ……!」
「…………は?」
 怪訝な顔で安川も上体を起こした。ってだからなんでまだ裸なんだ、目のやり場が……ってあぁっ俺もだけど……!
「お前、つくづく予想外な言動するな……」
「え?」
 どう考えてもひどいのは俺だろ、と安川は眉をひそめて言う。
 いやいや、それは違う。だってこんな女の子みたいに柔らかくもないいい匂いもしない体を抱かせてしまったし、みっともないところばかり見せてしまったし……そりゃ俺はうれしかったけどさ、うれしかった分俺だけが舞い上がってたんじゃないかって考えると
、すごい落ち込む。
 本当に、よかったのか……?
 聞きたくても聞くのが怖くて、ぐっと俯いていると、髪をなでられた。
「お前はさ、覚えてないって言ってたけど、覚えてなくて当然なんだよな」
「え?」
 何の話だ。
 顔を見上げると、俺に触れたその手はそっと髪を一房掴み、さらりと揺らした。
「入学式ん時。俺がお前のこと見てただけだから」
「え?」
 会話はしてない、ということか。道理で……一回でも話してたら覚えてるはずだと思ってた。
「え、でも、何で? 俺目立ってた?」
「……」
 いやいや、別に新入生代表の挨拶任せられるほど優秀じゃないし、普通にスーツ着て参列してただけで、そんな変なことした覚えはまったくないんだけど……え、何だろう怖い。
 ドキドキひやひやしながらじっと見つめてると、珍しく言い淀んでいた安川は、はー…………、と長い溜息の後、ようやく観念したように白状した。
「好みの顔だったから」
「―――は?!」
 いやいや待てよ、あの時俺って、眼鏡に黒髪でしたけど……!
 分かりやすい大学デビューというやつだ。今考えたらちょっとはずかしい。
 あ、でも、勧誘から助けてくれた時、眼鏡じゃなくて黒髪じゃなくても分かってくれたってことは、そんなにちゃんと覚えててくれてたってことで……
「や、安川っ……」
 それってなんか、う、うれしすぎるだろ……!
「あーだから、そういう目で見んなって」
 ぐしゃぐしゃと俺の髪を混ぜて、そのまま首をぐっと引き寄せた。あんなすごいことした後でも、やっぱこういうのはいちいち恥ずかしい。
「そっ……そういう目って何だよ……」
 抱きしめられて固まったまま、顔だけ少し上向けて訊ねると。
「目に『好き』って書いてある」
「んなっ……」
 んなわけあるかぁぁぁ!
 と言いたいけど全否定はできないぃぃぃっ……!
 だって、小暮と吉野にもバレてたくらいだしな……
 あぁ俺、隠し事できない人種だったのか……
 落ち込んでると、こめかみにくすぐったいような感触。口づけをされたのだと分かると、一気に顔に血が上った。
「だからまぁ、俺のが先に惚れてたって話だ」
「……」
 うわ……やばい鼻血出そう。
 あぁもう、どっちが先でももういいよそんなの。
 でも考えたら、俺が気持ちを伝えることができたのは安川のリードがあってのことなんだよな……『好きなんだろ』って言われなかったら絶対自分からは言えなかった。安川が、気付いてくれたおかげってことは……やっぱり、隠さないで良かったかも。
 あ、でも。
「その目が何で駄目なわけ?」
 訊ねると、今度は口にキスされた。うわっもう、心臓に悪いな……!
「お前が何回も付き合ってくれんならいいけど?」
 そう言って、俺を抱きしめていた手が、数時間前散々弄られた尻に伸びてきた。
「そっ、そんなの……」
 そんなの、俺も同じだってんだよ馬鹿!
「お前がやりたいだけやればいいだろっ……!」

 まぁ、言った直後にかなり体力がやばいことに気付いて、後の祭りだったけどな……!







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