シャリンデイズ -4- |
『ゴメンちょっと遅れます。待ってて(ハート)』 「きもい……」 「ハート! あれっ君たちつきあってたの? いつから?!」 「誰がだばーかバーカ」 遅いと思ったらこのメールだ。なんかこう、イラッとくるな。イラつきついでに向居に八つ当たりしてると、隣でマンガ読んでた陽平もハートマークにくいついてきた模様。 「でも俺にはきたことないけどね、テツからハートなんて」 「欲しけりゃくれてやるよ」 「てっちゃんかわいそう、愛が伝わってないわよ……」 「向居、それ冗談にならないから」 「おまえら適当なこと言ってんじゃねーよ」 頬杖をついてぼんやりと外を見下ろす。テツはまだくる気配なし。 なんか忠実に待ってんのもあほらしくなってきた。 帰ろうかなぁ、と、うろこ雲ぽいのを眺めながら考えてると、後ろから肩をつつかれた。 「蒼井くん、今日もあの人来るの?」 「え?」 クラスの女子だった。 そんなしゃべる仲でもないけど、あの人ってとこであぁと納得。 「チャリの茶髪? 来る予定だけど」 おめでとうテツ。彼女候補一人ゲットだな。 彼女は机に手をついてしゃがみこむとうれしそうに俺をのぞきこんできた。 「ね、お願い、メアド教えて!」 キレイな黒髪が肩の上で揺れる。テツの好みは良く知らないが、目もぱっちりでいい線いってると思う。が。 「勝手に教えるのはまずいだろ」 陽平が代弁してくれた。 「えー、マジで?」 「そうそう、お付き合いはまずお手紙からでしょ。礼儀をわきまえなきゃー」 と今度は向居。こいつに礼儀とか言われたくないよな。 「あ、じゃあちょっと待ってて、すぐ書くから」 そう言って彼女はバタバタと自分の席に戻り、ノートを破っている。 「ノートかよ」 「適当だな」 俺と陽平のつぶやきは放課後の落ち着いた教室内で容易く響き、すかさず「うるさい」とのお言葉が返ってきた。 「いーじゃん、ないんだから。はい、じゃこれ」 そう言って渡されたのは、長方形に折られたノートの切れ端。早いな。さすが女の子。 「お願いね」 「俺がかよ」 「当たり前じゃん」 何で当たり前? 今までも何回か頼まれたことあったけど、嫌なんだよなぁ、こういうのって。 「だっていきなり会って渡しても引くでしょー」 「そうか?」 女子の引くってたまに定義がわからん。直接渡した方がいいと思うんですけど。 まぁでもここで押し問答も面倒くさい。仕方なく受け取って俺は一応念を押しておいた。 「ちゃんと渡すかわかんねーぞ」 彼女は、ポンと俺の肩を叩いて笑った。 「信じてるからね、蒼井くん!」 「あのなぁ、お前勝手に……」 「じゃよろしく〜」 自信満々の彼女は明らかに浮かれ気分で教室を出て行ってしまった。人の話をきかないヤツだ。んー、減点3くらい? 「『信じてる』ですって! 任務重大ですなぁ、蒼井さん」 向居が何やら興奮してバシバシ肩をたたいてきた。 「別に……信じる方が勝手なら裏切るのも勝手だろ」 「わぁ、超クール……! じゃどうすんの? @隠すA捨てるB破る、さぁどれ?!」 「普通はないのかよ」 「ん、どこ行くん? 克志」 どこって、帰るんだよ。 学校から徒歩だと三十分はかかる。歩けない距離じゃ全然ない。かといって、だらだらと一人で歩いてたらむなしくなってきた。陽平とどっか遊んで帰ればよかった。ケータイかけてみるが。 「つながらねぇし……」 どこ行ってんだあいつ。あ、部活か。 ケータイを閉じた俺の目に、ちょうど誘うようにゲーセンが飛び込んできた。 「おめでとう〜。はいどうぞ。袋ないけど、大丈夫? 持って帰れる?」 「あ、はぁ……」 まったくもって想定外だ。全長50センチくらいのでっかいアンパン○ンをもらってしまった。別に俺、UFOキャッチャー得意なわけでもないのにな……持って帰るのちょっと恥ずかしいじゃないか。 もふもふしたソイツの両手を伸ばしながら店を出ると、見慣れた黒い自転車を店先に発見。 「克志〜〜〜」 「あ」 げ、という気持ちが多少マシになってたのはひとえにこのぬいぐるみのおかげだろう。同行者がいると恥ずかしさ半減だからな。 「もう、何してんのこの子は!」 そう言ったテツから繰り出される脳天チョップを寸でのところでぬいぐるみで受け止めた。助かった、さすがヒーローだ。 「よくここがわかったな。GPS機能でもついてんのか?」 「知らなかった? 俺には克志センサーがデフォルトでついてるのだよ」 「あーそりゃすげーや」 「ていうか何それ」 「何って、戦利品。俺のヒーロー」 「わー妬ける」 「いいだろう」 赤く沈んでいく遠くの空を見ながら、俺たちはどちらからともなく歩き出していた。いつもとは違う軽い音を立てるチャリはテツの右側に押されている。俺はそのさらに右の、ペダルが余裕でぶつからない位置を歩く。 手の中には戦利品のヒーロー。さっき悪のテツチョップから守ってくれたから立派な英雄だ。チャリの荷台にでんと乗せようか、それともおんぶでもしてさしあげるか。少し考えた挙句、結局普通に前で抱くことにした。冒険心が足りない自分にがっかりだが、保身も人生必要不可欠だ。 「ごめんな」 「何が」 「遅くなって」 「別に」 近所の神社に差し掛かったあたりで、ぴたり、とペダルの回転、ひいてはテツの足が止まった。 またいきなり倒されるんじゃないだろうな、ここ石畳だから痛いぞ、と一瞬びくっとしてしまった。いや、今はチャリに乗ってないし、大丈夫なんだけど。なんだ、軽いトラウマか。 「絶対、怒ってるくせに」 「……何だよ、その言い方」 「克志さぁ、受け流してるんじゃなくて、本当は溜め込んでるだけだろ」 「……」 声のトーンが変わった。 「分かったようなこと言うなよ」 「分かってるよ。好きだからね」 「黙れよ」 気づくとサドルを殴っていた。何でこんなイラつくんだろう。 ガツ、と鈍い音と振動が拳に響く。痛い。余計に腹が立つ。 「これ以上好きとか言ったら絶交な」 「……」 怒鳴らないよう押さえ込んだ低音は少し震えていたかもしれない。 テツの目が少し見開いて俺を見据えた。 「……じゃあ、言わなかったらいいわけ?」 「そういう問題じゃねぇだろ」 「待てよ克志、」 歩き出した俺の腕が引っ張られた。 肩を引き寄せられて、チャリに激突したかと思いきや、再び世界が暗転した。 「っ……ん?!」 深く覆いかぶさる唇は俺の口を割って乱暴に食いついてくる。食べられるんじゃないかという勢いに俺は思わず持っていたヒーローを腹にぶつけていた。 「放せ、馬鹿!」 しかし離れたのは唇だけで、テツは俺の肩を掴んだままじっと見つめてきて。 「本気か冗談かもわかんないほど、離れてたかな」 「……」 わかんねぇよ。離れてたかどうかなんて。お前が何でそんな顔するのかもわからない。だって。 「じゃああれは、なんだったんだよ……」 「あれって?」 「ガキの頃、お前俺をふったよな」 「は? 何それ」 「死にそうだった俺が涙ながらに『ずっと一緒に居てくれる?』って頼んだってのにお前、おもいっきし引いてただろ……!」 「……」 人間って怖いよな。まだこんなに覚えてるなんて。それだけショックだった自分にびっくりだ。 でも、だって俺が幼稚園の頃は一番不安な時期で、その時両親以外で頼れたのは本当にこいつだけだったのだ。熱で苦しんでいる時に差し出された手がどれほどうれしかったか。しかしいくら弱ってたからってそんなこと言ってしまったことは忘却のかなたへ葬り去ってしまいたいことなんだけど、何しろ返ってきた反応のショックさのあまり今でも覚えてるというこの不愉快な事実はどうしてくれよう。 だってこいつ俺の言葉に、『え』とか言って差し出した手を一瞬引いたんだ。死にそうな俺を目の前にして、だ。 「あぁ、思い出した!」 おいおい、何一人ですっきりした顔してんだこいつは。 イラッとして睨む俺とは正反対に、テツは飄々と言う。 「男同士って結婚できたっけ、って考えてたんだ、それ」 「は……?」 「だってずっと一緒にいるってことはそういうことじゃん? プロポーズされたと思ってうれしかったんだけど、どうなんだろうってふと我に返ってさ」 「なんっだそりゃあ……!」 ガシャン、と一徹ばりのチャリ返しをするが、向こう側にいたテツにしっかりとキャッチされてしまった。 「ちょっと、ひどい克志」 「うるさい……」 あぁ確かにこいつ、昔からいやに頭良いやつだっけ、高校も違うし……とはいえそんな小さい頃から普通考えんだろ、そういうこと。 「何が結婚だ、そんなことまで考えちゃいねーよ」 「俺は考えてたよ」 「真顔で言うな」 こいつ、賢いのかアホなのかよくわかんねぇ…… 「ていうか今も本気なんだけどね」 「勘弁してください」 「イヤです」 「……」 はあぁー。なんだったんだ、あの葛藤は。どうしてくれるってんだ。あの記憶があったから、俺は。 うな垂れる俺の頭に、テツの手が乗っかった。 「ごめんね?」 「だからお前なぁ……」 振り払う手を一瞬止め、俺はテツを見上げた。 「……何に『ごめん』?」 「しつこくて『ごめん』」 「……」 思わずクッと笑ってしまったのをごまかすように顔を背けた。 「まったくだな」 よくわかってるじゃないか。テツのくせに。 お互いにな、なんてことは言わないでおく。 調子に乗ったこいつはきっと手に負えないだろうからな。 「――テツ」 ぬいぐるみを持ちあげ、顔に押し付けてやる。 「ぶっ」 鼻が当たったかな。失敗。ぬいぐるみを引き剥がした背後から憮然とした表情が現れた。 「ライバルとチューなんてうれしくない……」 「誰がライバルって?」 「克志のヒーローは俺だけだろ」 「ぶっ。寒いこと言ってんじゃねーよ」 「えー違うの?」 んな傍若無人なヒーローがあるか。 アッシーくんなヒーローはちょっとおもしろいけど。 でも俺はお前をヒーローだなんて思ったことはないし、なって欲しいと思ったこともない。だってヒーローはたった一人でも、一人だけのものじゃないだろ。 なんて考える俺も大概しつこいんだなぁと笑えてくる。 吹き飛ばすように俺は空を見上げて笑った。こいつの前で久しぶりに笑った気がした。途端に腹が減ってきて、俺はテツの肩をドンと叩いた。 「あーあ、早く帰ろーぜ。腹減った」 有無を言わさず荷台に座ると、テツはハイハイと苦笑して発進の準備。 「ちゃんと掴まれよ? って何でそいつ持ってんの」 「えー、いいじゃん」 俺は手にぬいぐるみを抱いたまま。 仕方ないだろ。背中にくっつくのが恥ずかしいお年頃だからな! |
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