シャリンデイズ -3- |
いつもと同じように淡々と、無情にも放課後のチャイムは鳴り響く。 まずい。そろそろ、確実に、まずい。 「なぁ、どっかイイ部活ない?」 「は?」 「部活ぅ?」 何だその予想以上に予想外と言わんばかりの反応は。失礼な奴らだ。俺はただ普通に聞いただけなのに。 そのうちの一人がうざいほどのオーバーリアクションで俺の顔を覗き込んできた。 「んなかったるいこと絶対しねーつってた克志が、部活? 今更?」 部活用のセカバンがゴンと机にぶつかり机の足が俺の膝にガッとぶつかりうざいことこの上ない。 「黙れ向居。事情が変わったんだよ」 「あ、んじゃオレんとこ来る? サッカーで共に青春を謳歌しよーゼ☆」 「運動は却下な」 「なんとっ!」 「なぁなぁ」 俺は前の席に座るもう一人のシャツを引っ張る。 「何かない? 陽平」 こいつならちょっとはまともな意見をくれそうだ。陽平は首をかしげ、眼鏡の上の下がり気味の眉をさらにひそめた。 「ってもなぁ……こんな時期からかよ?」 「やっぱ無理なもん? 今からって」 「まぁ、場所によるだろうけど。聞いてみれば?」 聞くって、全(文化系)部活にか? 「陽平クン……!」 キラキラキラ。精一杯目を輝かせて見つめると、陽平はふっと自嘲的な笑みを浮かべてヒラヒラ手を振った。 「あーはいはい、手伝ってやるよ。どうせ今日部活休みだしな」 「おぉ、サンクス!」 君は眼鏡の鏡だ! これからは誰がなんと言おうとその眼鏡はダテじゃないとこの俺が証明してやろう。 と、とりあえず聞いて回りはしたものの。 「あー、どうすりゃいいんだ……」 吹奏、軽音はもうメンバー固まってるからアウト。美術、囲碁、科学はそろいもそろって『ご自由にどうぞ』的な返事だった。そう言われると、またどこにするか悩んでしまうのだ。 だって俺は、とりわけしたいことがあるわけじゃない。ただ、放課後の時間がつぶせたらいいだけという我ながら不純な動機なんだから。 あーあ、もう。 一気にやる気をなくして中庭のベンチに座る。一緒に回ってた陽平も隣りに座った。 こいつと同じとこっても、軽音だからアウトだよな……と考えてたら、 「お前さ、何でいきなり部活?」 陽平が言った。けど、言葉に詰まる俺。 「克志?」 「……」 まぁ、手伝ってもらったんだから言うべきなんだろうけど。けど……けど。 「あーほら、なんていうか、学生の本分て部活だろ?」 「いや、勉強だろ」 「あれ、そうだっけ?」 「……」 陽平が隣でぐっと伸びをした。 「まぁでも、丈夫になってよかったな」 ガキにするようにぽんぽんと頭を叩かれた。むっと見上げると、眼鏡の奥で人の良さそうな目が笑っていた。 「何だよ、いつの話だよ」 「昔はもっと青白い顔してたもんなー」 「あーもういいってその話は!」 「幼稚園の時なんか布団がお友達だったんだろ?」 「つか、何でお前がそんなこと知ってんだよ」 陽平とは小学校から一緒だから、ほとんど寝込んでた幼稚園時代のことなんか知らないはず。 「あぁ、テツに聞いた」 あんのやろ、何をベラベラと…… 「ってか、今日もお迎えだろ? いいのか?」 そういえばと陽平が腕時計を見た。四時半。知ってる。いつもなら遅せーんだよと電話かけまくってる時間だ。 けど、今日は違う。出来るならこのままこなくてもいいとすら思ってる。 だって……昨日の今日で顔合わせられるわけないだろ。 黙りこむ俺に、陽平が言った。 「テツとなんかあったか」 「……」 「お、アタリ?」 「すげーな、お前。その眼鏡は透視機能内臓か」 「ばれた? 高かったんだよねコレ」 「……」 「っておい、人がのってやってんのに黙るなよ」 「あー、うん……」 だって、いくら陽平がテツとも長い付き合いだからって、昨日のことは言えんだろう。いや、長い付き合いだからこそ、か。 だって、なぁ。普通するか? 友達に……キスなんて。 実はそれが昨日から頭の中をぐるぐる回ってどうしようもなくて、今日の朝は頑張って早起きして一人歩いてきたのだけども。 でもテツにはずっと迎えにきてもらうなんていう約束もしてしまったし、あいつは今日も絶対に迎えに来る。予想できる。きっとこんなに考えてる俺なんか気にも止めずにきっといつもの調子でチャリを走らせてくるに違いない。 くそ……お前はいつもどおりでもこっちは対処に困るんだよ。不器用なのはこっちだっつーの。 「克志、ケータイ」 「え?」 「鳴ってんじゃね?」 陽平に言われて鞄から取り出すと、元気よく光ってた。相手は言わずもがなだ。ケータイを眺めて俺が固まってると。 「……あっ」 唸っていたケータイがすっと横から掻っ攫われた。 「もしもーし」 気づいた時には既に陽平の手の中だ。陽平はなんのためらいもなく通話ボタンを押し、 「蒼井克志は預かった。返してほしくば自転車置き場までこい」 「……」 何やってんだ、こいつは。 陽平はそれだけ言うと電話を切った。つか、声低くしたつもりだろうけどそれ絶対ばれてるぞ。 パチン、とケータイを閉じ、陽平はふぅやれやれと肩をすくめた。 「お前らのケンカの原因ってたいがいお前のワガママだからなァ」 「はぁ?」 「ほれ、ついてってやるから、謝ってきな」 冗談じゃない。何で俺が悪いことになってんだ。あれって俺が悪いのか。いや、そんなわけないだろ。 「でもあいつ制服違うし、校内には入ってこれねーだろ」 「今は部活時間だから目立たないんじゃね?」 「……」 「あっ、克志」 逃げるが勝ち。このまま裏から帰ってやろう。 と走り出してすぐ、背後から陽平の声が聞こえた。そこで一瞬振り向いたのが命取り。どんっと盛大にぶつかったと思いきや。 「つかまえた」 「おわっ!」 「何、人をオバケみたいに」 「……テ、ツ……」 びっくりした。いつのまにかテツに捕獲されてるじゃないか。 つか、苦しい。 テツの両腕の中でぶんぶんと首を振るとえんじ色のネクタイがよれよれになった。ばかだな、何やってんだこいつ。 「おい、離せよ」 「何して遊んでたわけ?」 「……」 これはまた、不機嫌そうな。いつもより低い声。明らかに分かる。 いや、ていうか何で俺が怒られなきゃなんねーわけ? そもそもこいつのせいだろ。俺がこんなに逃げ回ってるのって。 改めて考えると腹が立ってきた。 そうだよ、こいつが昨日あんなことするから―― 「ごめん」 「は?」 テツの先制攻撃に、昇っていったはずの怒りが急にストンと落とされてしまった。 拘束する腕は強いのに、耳に響く声はひどく柔らかい。聞いたことないほど静かなトーンでテツが言った。 「謝るから、逃げるなよ」 「……」 つか、ちょい待て。 俺はがんばって手を動かしてシャツを掴み、ぐっと引き離した。ちらっと顔を見ると、テツのなんて情けない面。 思わず溜息が出てしまった。 俺一人捕まらないくらいで何がそんなショックなのかわけわかんねぇ。 「謝るって、何をだよ」 簡単に謝るとか言うな。 地面のつま先に視線を落とすと、俺の影はテツのスニーカーに踏まれていた。一瞬、幼稚園の記憶がフラッシュバックする。体調の良い日は少しだけ外で遊ぶことが許されたんだが、ある日影踏みをして遊んでいる時、テツに影を踏まれた途端急に発作を起こしたことがあった。 ただタイミングが良すぎただけだ。それでもそれはテツにとって確実にショックなことには違いなくて。『ごめんね、かっちゃんごめん』って、まったく悪くもないのにテツが謝ってたのを今でも覚えてる。 影を踏まれたって何されたってもう大丈夫なはずなのに、こいつが傍から離れていかないのは誰のせいなのか。 「何って……」 うつむく俺の首筋に熱い手の平が触れた。耳朶に指が触れ、シャツを掴む俺の手に思わず力が入る。 別に俺は、謝って欲しいとかそういうわけじゃない。あの時だって……今だって。 「だから何を、謝るって?」 俺が尋ねると、テツが首をかしげた。 「昨日、チャリでこけたこと?」 「………………」 待て、こいつ。 もしかして、全然わかってねぇとかおっしゃいますか……! 「テツ……」 なんか、非常にあほらしくなってきた。 ……つか、ここ、普通に中庭だよねぇ? 「お前、くっつきすぎ!」 膝蹴りを食らわせてやるとテツはやっと腕を放した。 「だって好きなんだもん」 「ったく、変な目で見られるだろー」 「あ、今受け流しただろ克志」 「おらとっとと帰るぞ」 「ちょっとー」 まぁ、男同士ふざけてキスとかよくある話なんだよな、きっと。気にする方がおかしいんだ、うん。 しょうがねーから今日は一緒に帰ってやるよ。 俺がチャリ買うまでの話だけどな! |
-3- |