シャリンデイズ -1-
「克志ー、てっちゃん来てっぞー」
「げ、まじで?」
「早く早く。女の子に持ってかれちゃうよん」
 ったく、早いっつーの。今日俺当番だって言ったでしょーが。
 最低三行必須の学級日誌を無理矢理終わらせて俺が窓から下を見下ろすと、いたいた。茶色のブレザー。ココは学ラン校だから良く目立つ。上から見た時陽にあたって黄色に近くなる茶髪もわかりやすい目印だ。
 チャリンコに跨ったテツは正門前から三階のこっちを見上げてきた。
 ん、何? 何か言ってる。
『お・そ・い』
 だ、とぉー?
「ざっけんな、コラ」
 思わず舌打ちしたらとなりで向居が怯えて見せた。
「やんコワーイかっちゃん」
「うっさい、お前もう帰れ」
「冷たっ」
 まぁバカは置いといて、とりあえずテツには聞こえてねぇだろーから俺は鞄を手に再び窓際へ。
「受け取れ、すぐ行く!」
 右手を思いっきり振り上げる。今日発売のマンガとキシリトールガムしか入ってない軽い鞄は不細工な放物線を描いて下降していった。
 ぎょっとしたようにテツが見上げ、すぐにチャリを漕ぎ出して猛スピードで校舎に近づいてきた。受け取る気満々。それでこそテツ。黒いトンボくんは今日も絶好調だ。
 取れたか取れなかったか結果なんて見届けてるひまはない。俺は学級日誌を引っ掴むとテツに負けない勢いで教室を飛び出した。




「無茶すんね、お前も」
 あはは、と空気を震わす低い声は風に乗って後ろに流れてきた。
 にしてもいつまで笑ってやがるんだコイツは。思春期ですか。箸が転げても笑えるお年頃はもうとっくに過ぎたはずですが。
 目の前でいつまでも揺れる肩に俺は呆れた視線を向けてやるが、テツは気づかない。そらそーだ、お世辞にも軽いとは言いがたい俺を乗せての運転中だからな。
 テツは今日も快適、とは言いがたいが俺の運転手なんである。ま、つっても途中の交差点で交代すんだけど。
「まーでもよく拾えたな」
 俺が言うと、笑い疲れたテツは大きく溜息をついてから少しこっちを振り向いた。風がぶわっと吹いて、テツの目が前髪に隠れた。
「ウォークマンとか入ってたらどうしようかと思った」
「アホ、んなもん俺が投げると思うか?」
「あっはは、そりゃそーだ」
 つか、行きも帰りも同じなんだから俺がウォークマンとか聞かないって知ってるくせに。

 テツはお隣さんで、それこそ幼稚園からの付き合いだ。
 っても、高校は違う。ま、これでいて俺よりはるかに頭いいテツが俺と一緒の高校へ行くって言った時は親の猛反対にあったらしく、それこそ家出しかねん勢いだったらしいけど、高校さえ親の言うとおりにしたら後は好きなようにさせてやるとの約束でテツは折れたらしい。俺もその方がいいと思ったんだよ。俺が説得しても聞かなかったけどなコイツ。
 で、俺が毎日コイツのチャリで送り迎えされてるのは何も深い理由があったりするわけでなく、ただ俺のチャリがどっかの誰かさんに盗られたからだ。新しいチャリは俺の成績が上がらん限り買ってもらえず、したがって未だ俺はチャリ無しの身分ってだけのコトなんである。
 コイツも俺と同じ帰宅部だし、たいがい暇らしいからちょっとした寄り道くらい付き合ってくれてる。
 いい奴だ。持つべきものは幼馴染だな、やっぱ!
 ふらふらする荷台の上でバランスとるのもいい加減慣れてきた。俺は抑えていた片手を離して作った拳を広い背中にポンと当て、
「ハイ、よくがんばったで賞」
「なにそれ」
「ご褒美」
「しょぼっ!」
「何をっ?」
「もっとちゃんとしたもんちょーだいよ」
「失敬な……お前、贅沢は敵なんだぞ。わかってんのか」
「飴と鞭って言葉もありますー」
「テツのくせに生意気ゆーな」
「なにそれ、どんな理屈ー」
 顔が見えなくても分かる。口ではそう言いながら、仕方ないな、みたいな感じで苦笑いしてるに違いない。ここだけの話、テツのそういう顔、結構好きだったりする。なんか、何でも許されるみたいな。
 って、甘えてんのかな、俺。……ま、いいんだけど!
「なんっか、雨振りそうだなー」
 空が暗い。そいえば午後から雨が降るってクラスの女子が言ってた気がする。朝晴れてたから傘なんて持ってきてないけど。
「飴?」
「雨!」
 ベタなボケに律儀につっこんでやると、よたよたしながらトンボくんは大きな横断歩道を渡り切った。
「ほい」
 テツが振り向く。いつもの交代の場所だ。やっぱりか、と思いつつ。
「えーいいじゃん、雨降りそうだしもうさっさと帰ろうぜー」
「ダーメ」
「ケチ!」
「はっは、なんとでも言いなされ」
 ちっ。やっぱダメか。俺は渋々席交代。
 テツが座ったの確認して、よいしょ、と気合入れて再発進。ふんばりきかすのははじめだけ。あとは惰性でなんとか動いてくれる。つか、テツ長さの割りに重さは俺と大して変わらんのだよな。
「おまえさー、ちゃんと食ってるかー?」
 ペダル漕ぎながら間延びした声で俺が言うと、テツは「ん〜?」とさらに間延びした声を返してきた。
「食ってるよー」
 高校に入って煙草吸い始めたのを知ってる。本人は隠してるつもりらしいけど近づくとヤニ臭くてたまらん。あれって食欲なくすらしいけど、とそんなことを考えてみる。
「メシ、食ってくか?」
 少し振り向いて言ってやると、テツはおおっと大袈裟に声を上げた。
「まじ? やり〜。でもいーの? んな急に」
 テツは両親共働きで、大抵夕食は一人で食べている。
「ヘーキ。今日カレーって言ってたから」
「やった、カレー大好き」
「お子ちゃまめ」
「お子ちゃまですよー。今頃知ったのかい?」
「おわっ」
 急に腹に腕が回ってきた。
「くすぐってー。つーか暑いっちゅーの!」
 ちょお待て、両腕でしがみついてお前、カップル気取りか。
 て、コイツに言うだけ無駄なんだよな。人の目なんててんで気にしないヤツだかんなー。こっちとしては超メイワク。
「甘えてんの。克志やさしーから」
「うっわキモッ。ウザッ」
「ひどーい」
 うーわ。だからほっぺたくっ付けんなっつーの!
 そのまましゃべりやがるから背中に声が振動してくる。ほんと微妙にこそばい。
「ほんとは優しいくせに〜」
「誰が何がどこが何で」
 アホですかコイツは。どこをどーしたらそんな思考回路に至れるのって話。

 今に見てろよ。
 俺がチャリ手に入れたらすぐにお前なんざ見捨ててやるからな!





-1-
今日の少年で書いたやつを続けてみました。
タイトル変えて、ちょっと修正。