***bubble 02



「で、もう別れた?」

「あのねぇ、ミカちゃん。そういう縁起悪いこと言うのやめてくれる?! 幸先悪いでしょ!」
「だってそれを望んでますからー」
「まっ、強かな子」
 知りたくもなかったことを知ってしまったとはいえ、ミカちゃん、ご覧の通りの気丈さだ。よかったと言うべきか、残念と言うべきか。うん、複雑。女の子って難しい。
 そもそも、だ。斉田が自分の無神経で愚かな発言を謝ったのが一週間くらい前。その時、俺も一緒にいたんだが、結局はミカちゃんの『いいよ、もう』の一言で済んでしまったし。あぁがっかりさ。それどころか『はじめに藤波君が変な言い訳したのがいけないんだし』とか言って矛先を変えられる始末。まぁ、なんということでしょう。最低、なんて言っておきながら結局は斉田君の事が好きなのね。って話ですよ。打たれ強い子は好きよ。好きですけど。
「開口一番『別れた?』はないっすよねー……」
 結局、付き合ってるってことまでミカちゃんにはばれてしまう羽目に。まぁ流れ的に。
 テンション下がるよ。これからお仕事だってのに。
 ロッカーから丸めたエプロンを出して装着してると。
「だって、諦めたわけじゃないんだもん」
 ミカちゃんはそう言いながらピンクの手鏡でマスカラのチェック。昼食の後だろうに既に口紅もばっちりだ。とはいえ、きちんと派手になり過ぎない程度を心がけている。全部あいつ好みにしてるのかな、と複雑な気持ちで観察してると、目も合わせずにミカちゃんが言った。
「それに、何だか長続きしそうな感じしないから、期待してるんだよね」
「うっわ、今本気で憎たらしい……!」
 そんなの、本人が一番不安がってんだよ。そこをつつくなよ。胃なんか痛くなったことないのに思わず抑えてしまったぜ。
「――私、藤波君のこと友達って思ったことなかったかも」
「え?」
 鏡を机に置き、ミカちゃんが唐突に言った。
「考えたらさ、はじめからライバルだったんだねー」
「ライバルかよ!」
 何だよそれ。トキメキを返せよ。
「だってそうじゃん。藤波君、ずっと斉田君のそばにいるしさ」
「ん、そうか?」
「そうだよ。同じ時間にバイト上がると大抵一緒にご飯行くでしょ。入る隙ないって感じじゃん」
「そんなに……?」
 大学ではそこまで一緒じゃないから、まさかそういう風に見られてるとは思ってなかったから驚きだ。
「うーん、ライバルか……」
 しかしまさか、女の子に戦線布告される時がこようとはな……世の中何が起こるかわからんな。
「受けて立つぜ、ミカちゃん」
「あら、そう?」
 にっこり。お互い微笑み合っていると、休憩室のドアが開いた。
「あれ、なんか、お邪魔?」
 書店バイトの福本と、斉田も一緒だ。今から休憩なんだろう。
 ステキな発言をしてくださった福本にお返ししてやった。
「うん、お邪魔」
「じゃないから! 違うから!」
「バカだなミカちゃん、こういうのは焦ると余計怪しいんだよ」
「藤波君にだけはバカって言われたくない」
「ちょっと、どういう意味?!」
「言葉の通りだけど?」
「二人とも仲良いねー」
「良くないって!」
 って。こんだけこっちが盛り上がってるのに、無視か。斉田。
 まぁ、いつものことだし、ヤキモチやいてよなんて言えないけど……いや、言ったことあるか。相手にしてもらえなかったけど。
 でも、やっぱ気に食わない。




 フロアに出てから、メールだけ打っておいた。「終わったら飯行こうぜ」送信……と。
「藤波、返品お願いね」
「うわっ、店長」
 しまった、見つかったか。軽く頭を叩かれてしまった。
「携帯持ってくんなって言ってるだろ」
「はいはい、返品行ってきまーす」
 カウンターに積んであったDVDをカゴに入れてフロアへ。売り場は結構広いんだが、どこに何があるかはもうお手の物だ。もう二年くらい経つからな。一方書店の方で斉田がバイト始めたのは俺が紹介してからだから、一年半くらいか。責任感もあるから、たまにコーナーとか任されているらしい。頼まれると嫌と言えないタイプなだけだと思うけど。
 あれ、ちょっとまて。頼まれると嫌と言えない、って……いやいやいや、でも、好かれてるとは思うんだよ。エロイこともするし。あいつ真面目だから遊びで友達とそんなことしないだろうし。って勝手な推測だけど。
 やばい。あいつに「悩みすぎ」って言っておきながら、俺も人のこと言えねぇな。
「うーん……」
「ふーじ、くん」
 ん、と顔を上げると、見慣れた男前が立っていた。大学の友達だ。春休みに入ってから会ってなかったから久しぶりな気がする。
「何だ、嘉島(かしま)。オトナのビデオでも借りにきたのか?」
「俺にそんなのいると思う?」
「冷やかしなら帰って頂戴」
「悩むのはいいけど、場所変えた方がいいと思うなぁ」
 そう、まさにここはアダルトコーナー。以前キレイなお姉さんに「お薦めは?」と聞かれて本気で探してしまったというしょっぱい思い出がある。確かこいつにも爆笑されたっけな。
「うっせーな。俺は仕事中なの」
「ヒマなんだもん。遊んでよ」
 ねぇねぇ、と肩にべったりくっついてくる。こいつ、見た目は背も高くて大人びてるくせにすごい甘えんぼうなのが玉に瑕だ。ホストでもやれば上手くやっていけそうだな。用もないのに香水かけて出かけるような奴だし。
 入学当初からそんな風だったから、向こうから声かけられてつるむようになったもののはじめはうざったい存在だった。けど、何回か合コンに誘われてるうちに好みのタイプが全然違うと分かったし、友達としては意外と良い奴だと分かったから気を許すというか、悪友みたいなもんになったわけだ。
「暇って、彼女は?」
 俺が言うと、嘉島はちょっと肩をすくめた。
「友達とバーゲンだって」
「一緒に行ってくりゃいいじゃん」
「俺が荷物持ちすんの? ヤダし」
「付き合ってやれよそんくらいー」
 とか言いながら俺でも絶対やだ。女の子の買い物は何であんなに長いんだと感心するよ。それさえなけりゃ女の子のお店とか見るのは可愛くて好きなんだけどな。
「なぁ、今日飯行こうよ」
「ダメ。先約有り」
「彼女、じゃないよな。あれか、斉田君?」
 まだ返事来てないけどな。
 肯くと、嘉島が大袈裟に溜息をついてもたれかかってきた。
「何であいつなの? 俺にも構ってよ」
「それこそ何でだよ。意味わかんねぇ」
 なんかこいつ、斉田のこと気に食わないみたいなんだよな。いい奴なのに。基本優しいし。俺以外には。……。
「あ、これお前に似てる」
 お前はよほど遊んでほしいのか。不意にそう言って嘉島が棚から手にとって見せたのは、もろにゲイ物のDVDだった。
「これ、この右の子。もしかして藤波?」
「ばれてしまっては仕方ない。実は昔スカウトされてな……」
「まぁ、そんなにお金に困ってたの? 言ってくれれば俺が相手役してやったのに」
「そっちかよ」
 どこが似てんだよ、どこが。結局つっこんでしまった。そのパッケージは上半身裸の男が二人カメラ目線で絡んでるヤツだった。結構若い。商品として並べたことはあっても実際見たことはないんだよな、こういうの。
 そういえば斉田とは、入れたりするところまではやったことがない。お互いのは触るし、体も重ねるけど。こないだ握りつぶしかけたのがいけなかったのか? 本気でするわけねぇじゃん。フェラしてやるって件もあれ以来うむやむになってる状況だ。なんか、俺が押すと、あいつ引くんだよな……え、ひかれてるって、やばくないか、それ。
「ん、そんなに興味あるの?」
 じっとDVD見ながら固まってたせいで、嘉島にあらぬ誤解をされてしまった。
 確かに、ちょっとあるかも。とかこいつには言えねーけど。言えないよなぁ。
「借りてくれるの?」
 冗談で言ったのに嘉島がにやりと笑った。
「借りてあげようか? ほっぺにちゅーしてくれたらね」
「なんだそりゃ」
 男にチューされてうれしいのかこいつは。俺は別に痛くもかゆくもないけどな。
「したら絶対借りろよ?」
 ノリでそう言って嘉島の頬に手を添えた時。
「こら、藤波」
「げっ、店長」
「遅いと思ったら何さぼってんだ。お前さっさと戻ってカウンター入れ」
 嘉島は俺が怒られてる隙に逃げやがった。本当に抜け目ない奴だな。
「しかし藤波、お前……」
 店長は俺のエプロンを掴んで連行しながら。
「男が趣味だったのか?」
 そう言ってにやりと笑った。
「なっ、違いますよ!」
 しまった、むきになったら怪しいんだった。



「――はぁ?!」
 バイト終わって8時過ぎ、ケータイを見ると斉田からの返信はこうだった。『今日はムリ』
「何だよそれ、マジで……」
 ムリって何だよ。何があんだよ。せっかく明日は一日休みだからゆっくりできると思ったのに。
 電話しようかと思ったが、ウザイ女か俺は、とふと思いなおして寸前でやめた。ヤバイ。あいつが関わると余裕なくなるのはなんとかなんないものか。
 あーじゃあ夕飯どうしよう、と思ってたら、もう一件メールがあることに気付いた。嘉島だ。



「お前、何やってんの」
「何って、遊んでもらってたの」
 にこにこと笑顔が憎たらしい。この顔で一体何人もの女性をたぶらかしてきたのか。そして今回、その危機に立たされているのはミカちゃんだ。
「ミカちゃん大丈夫? 何もされてない?」
「当たり前でしょ。何言ってんの」
 店から一番近いファミレスで二人、嘉島とミカちゃんがあろうことか二人きりでくつろいでいるではないか。信じられない、いつの間にそんな関係に。
「バイトから帰ろうと思ったら、声かけられてさ」
 と、ミカちゃん。
「嘉島お前、女の子見たらナンパすんのやめろよ。ミカちゃんもミカちゃんよ、知らない人についていくのはやめなさい!」
「知らない人じゃないもん。大学同じじゃん」
「同じじゃん」
「ねー」
「……!」
 いけない、既に二人の世界が作られている……入れないわ。
「じゃ、藤波君来たし私帰るね」
「え、もう?」
 せめて俺が夕飯食べるの付き合ってくれたっていいのに、と若干寂しい。もしかして俺、嫌われてる? あぁ、ライバルだっけか。
 マフラーを巻いて席を立つミカちゃんを見上げて嘉島、
「送ってこうか?」
「ううん、自転車あるし大丈夫」
 ありがとね、とあっさりミカちゃん。よかった、嘉島に惚れてしまったわけではなさそうだ。いや、別にいいんだけど、ただ、嘉島が半年も同じ子と付き合ってるのを見たことがないから、不安なんだよ。って、俺はミカちゃんのことこんなに思ってるのにね。切ないわぁ。
 ミカちゃんが店を出て行くのを見送って、嘉島が言った。
「お前、あの子に嫌われてる?」
「そう思う?!」
 思わず意気込んでしまうと笑われた。
「いや、冗談冗談」
「いいんだ、わかってっから……」
「だから冗談だって。さっきしゃべってても嫌い……って感じじゃなかったし」
 そのタメが気になるんですけど。
「そうだ、二人して何しゃべってたんだよ?」
「藤波君のお仕事中の様子とか?」
「今日お仕事中に怒られましたよ誰かさんのせいで」
「あらあら、だめでしょー」
「誰のせいだよ」
「そういえば今日、斉田君とご飯じゃなかった?」
 食べる気満々でメニューを開いてると、痛いところを指摘されてしまった。
「予定変更」
「ふぅん……ふられた?」
「うっせーな」
「だから機嫌悪いんだ?」
「別にー。もう、お前が寂しいっていうから付き合ってやってんだろ。素直に感謝したまえ」
「はいはい、ありがとう」
 あぁもう、一回キャンセルされただけで機嫌悪くなるとかそんなヤキモチいらねぇし。ましてや他人に指摘されるほど外に出てしまう自分が嫌すぎる。って、それもおかしいよな。だって女の子相手だったら普通に素直にヤキモチやくのに、あいつ相手だと思ったら妬いたらだめだとか思ってしまう。何でだ。何であいつの前でだと素直になれないんだろう。って、あーまた比べてしまった。女女って気にするなって言ったの自分なのに。
「――で、聞いてる?」
「え? 悪ぃ、何?」
 聞きなおすと、嘉島は少し目を伏せて笑った。
「最近誘っても全然飲み会こないの、何でかなって、皆言ってんだけど」
「あー……」
 そんな寂しげに言われると、少し良心が痛む。
 まぁ、いい加減疑われるとは思ってたけど。
「彼女じゃないんだったら……彼氏?」
 ――何と?
「お前……何勝手に決めつけてんだよ」
 沸き起こる葛藤を心中だけに留め、なるべく平静を装って言ったのに、向かいの席から探るような目が飛んできた。
「斉田君?」
「何で?!」
 こいつ、まさか……
「ミカちゃんに……何か聞いた?」
「あ、彼女の名誉のために言っておくけどそれはないから。全部俺の推測」
「このやろー……」
 カマかけやがって。つかほぼ自爆じゃん! もうごまかせねーぞ、今の反応。
 一瞬でも疑ってごめん、ミカちゃん。
 確かに、昼間売り場でゲイのDVDガン見してたこと思えば不審に思われても仕方ないかもしれないけど。でもそれにしたって、何で分かったんだ。どうしよう。こいつにばれたら一瞬で広まるな。
「なぁ……何であいつ?」
 どんよりと肩を落としてると、嘉島が意外と真剣な顔で聞いてきた。意外だ。てっきり、「何で男だよ」とか爆笑されるかと思ったのに、まさか相手が斉田であるところに疑問をもたれるとは。確かに前から仲良くはなかったけど、まさか嫌ってるってことはないよな。
「お前こそ、あいつの何がそんなに気に入らないんだよ。女取られたってわけでもあるまいし」
「……近いかも」
「え? マジで?」
 俺としてはあいつが女と付き合ってたってことのがショックなんだけど。いや、まぁ全然なかったとはさすがに思わんけど、事実を知らされるのは残酷だ。
「いつだよ、それ」
 でも俺が告ったのが一年弱前ってことだから、長続きしなかったってことか? それとも、もっと前からの知り合いとか?
 しかし嘉島は俺の質問には答える気ないようだ。
「んなことより、もうやった?」
「まだです」
「即答か」
「くそっ、笑うなよ」
「笑ってないし」
「嘘だ、絶対喜んでる顔だそれ……」
 他人事だと思って笑いものにすればいいさ。所詮他人は他人だもんな。
「しょうがないだろ、男なんて初めてなんだし……」
「……」
 こいつにこんな弱音吐くのもはじめてかもしれない。キャラじゃないよなぁ。いろいろやっちまったなーって感じだ。
 どうにも居たたまれなくなって俺は席を立った。
「――悪い、帰るわ」
「待てよ」
 嘉島が俺の腕を掴んだ。
「DVD見たくない?」
「は?」
「ほら、お前が見たがってたヤツよ」
 見たがってたDVDって。
「もしかして、店で言ってた、あれか? お前、マジで借りたのか?」
「マジで借りた」
「何やってんだお前……」
 レジやってた子の反応が気になるな……あれ、もしかして、それってミカちゃん?
 ミカちゃん、それでまさか嘉島がそっちの趣味だと勘違いして、安心して誘いに乗ったんじゃ……あ、あり得る。
「な、見たくない?」
 いろいろ考えることがあった気がしたが、結局、未知への探究心と嘉島の妙なまでに爽やかな笑顔に負けてしまった。だいたい、本気で借りるなんて思わなかったし。つくづく予想外の男だ。





「うわ、すげー。やっぱケツに入れんだ」
「そらそうでしょ」
「あんなでかいのは入るんだなぁ」
「人体の神秘だね」
 はじめは設定のありえなさに大爆笑してたけど、いざ行為が始まるとまじまじと見てしまった。片手には缶ビール。嘉島のアパートで鑑賞会だ。
 おつまみに買ってきたチーズを開けながら嘉島、
「藤波、超気持ち良さそう」
「だから似てないって」
 こいつ曰く、俺に似てるって言う男優が入れられる側で、学ランを着ながら喘いでた。この顔で学ランて。ギャグにしか見えないんですけど。
「で、お前はどっち役?」
「お前な……」
 こいつ、さらっと聞いてきやがった。
 うんまぁ、正直俺は絶対入れたいってわけじゃないんだが、入れられるというのも未知の領域すぎて進んでは望めないというか。まぁその時になったら自然と決まるか、くらいにしか思ってなかったんだけど、そんなあいまいなこと言ってるからなかなか至らないのか? もしかして。
「悩むくらいなら交代ですれば?」
「どーせ人事だよな」
 この冷たい男前は顔色一つ変えず画面を見ている。つか、こいつは彼女もいるノーマルのくせに、こういうの見て気持ち悪いとかないのか。やっぱ不思議な奴だ。
「お前、平気?」
 俺が聞くと、
「ん、たってきた?」
「違う。男同士の、よく見れるなってこと」
「あぁ、別に……お前に似てるからかなぁ」
 そう言って、嘉島は首をかしげて俺の顔をのぞきこんできた。お前、そんな顔向けたら皆落ちると思ったら大間違いだぞ。
「俺、藤波の顔好きなんだよね」
「ヒドイ、顔だけなのねっ」
「顔取ったら何も残んないでしょ」
「マジでひどいな、お前……」
 悲しくなってきた。だってそんな、顔引いたらゼロになる人間が斉田にも好かれる理由なんて、どこにあんだよ……ていうか、斉田も同じ理由だったらどうしよう。
「でも結構本気だよ」
「え?」
「妬いてるからかもなぁ」
 ちょっと近づいた嘉島が、俺の髪を掻き分けて耳に触れた。
「あいつのこと嫌いな理由」
「……」
 あぁやっぱり、耳元でしゃべられてゾクッとするのはあいつの声だけだ。妙に実感してしまった。
「――え、何て?」
「ちゃんと聞けよ」
「イテッ」
 耳を引っ張られた。何すんだ、と睨むと、整った顔が近づいてきて、にこっと笑った。
「なぁ、練習しない? 相手したげるよ」
「は? お前大丈夫? 酔ってる?」
 近い近い。目は据わってないけど。熱もなさそうだ。
「だっていざ本番となって入らなかったらがっかりだろ? 藤波、痛いのダメだもんね」
「って、俺がそっち決定かよ」
 確かに、ダメなんだ血とか。ケガとか話聞いただけで心臓の辺りが痛くなるくらい繊細なんだよ。ピアスも前こいつに勧められたけどあんなの問題外だ。体に穴開けるなんて冗談じゃねぇ。元々開いてる穴だけで充分だ。
「て、そんな痛いのかよ?」
「大丈夫、俺の手にかかればすぐ気持ちよくなるから」
「随分男前なセリフだなおい」
 確かにこいつはエッチとなれば男相手でもそつなくこなせそうだけど。でも、そもそも俺がムリ。
「悪いけど、あいつ以外の野郎の裸なんてぜっっったい、ムリ」
 だと思う。自慢じゃないけど。
 突如、嘉島はバサッとセーターを脱いだ。何だ、やる気か。Tシャツ一枚になって、奴はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「そんなこっぴどくふられたの、初めて」
「俺は高いのよ」
「燃えるなぁ」
「何燃えてんだ、よっ」
 待て待て待て、何で脱がそうとしてくるんだ。ビデオに触発されてんじゃねーよ。
「いいね、嫌がる顔とか。何で斉田は手出さないのかね。本当に付き合ってんの?」
「そっ……」
 そんなの、俺が一番聞きたいわ。そして斉田にも聞かれたし。
 何、全部俺の勘違いだっていうのか? 確かに俺の方から告ったし、性格良いとこなしかもしんないけど。やばい、また不安になってきた。
「そんな顔するなよ」
 相当マジなんじゃん、と嘉島が溜息まじりに言った。そんなこととっくに自覚してるのに、他人に気付かれるというのは恥ずかしすぎる。
「別に、そんなんじゃねーよ」
「その顔で言っても説得力ないよ。素直じゃないね」
「悪かったな、あいつにもよく言われるよ」
「素直じゃないって?」
「でもあいつだって、優しくねーし」
「へぇ……」
 優しくないし、妬いてもくれないし。
 女の子と違うのはわかってる。同じにできるわけねーじゃんって思ってるし、されるわけないとも思ってる。けど、やっぱことあるごとに比べてしまうんだよな。やっぱ今の所基準はそこにしかないから仕方ないと思う。けどなんか、空しくなる。
「らしくないな」
 え、と顔を上げると、表情を伺う前に手の平で両目を塞がれて、唇に――熱。
「――待て!」
「ん?」
「んじゃねーよ! 何してんだよてめぇ!」
「いいじゃん、優しくしてあげるよ」
 そう言って嘉島は俺の腕を痛いくらいに掴んで引っ張り、マットに押し付けてきた。どこが優しいんだよ。冗談じゃ通用しねぇぞ。って、こいつなんか……
「怒ってる?」
「分かる?」
「何で?!」
 意味わかんねぇ。俺が何したって言うんだ! 恋に悩む青少年の何が罪だと言うんだ!
「あ、ちょうど今いいところじゃん」
 俺を押し倒したまま、嘉島はテレビに目を向けた。例の学ラン男が教室の机の上で教師に犯されてるとこだった。何をやったのかわからんが「ごめんなさい先生」と言いながら突っ込まれている。お仕置きプレイか。
「藤波もあんな声出すの?」
「想像してんじゃねーよ」
 あんなに声出してない、と思う……自信がないのは、思い出したくないからかもしれないけど。だってあいつが触ると本当、おかしくなってやばいんだよ。あの声で、耳元でしゃべりながら体なぞられようものなら、どんな変な声出してるかわからない。って、思い出したらやばくなってきた。テレビから流れてくる音声のせいもあって変な気分になってくるし。
 視線を部屋にさまよわせていると、携帯の着メロが聞こえてきた。傍に脱いでおいたジャケットの中からだ。ナイスタイミング。
「あ、電話?」
「おう、早く退けよ……って、勝手に見るな!」
「あ、斉田君からだ」
「え?」
「もしもーし」
「あっこら嘉島!」
 何勝手に出てやがる! あいつが電話なんてめずらしいのに!
 馬乗りになって首を押さえられてるせいで、伸ばした手は虚しく宙を舞う。てかこいつ、俺を殺す気かっ。
 じたばたする俺を片手で抑えて嘉島は勝手に話しだした。
「何か用? 今二人で楽しーいビデオ見てる最中なんだけど。ねぇ?」
 ふ、ふざけんな――っ!!
「代われ、早く!」
「邪魔しないでくれる?」
 どっちに言ったのか、嘉島の笑ってるのにどこか冷たい視線が俺を見た。そして。
『ああぁんっ! ダメダメっもうイクッ――!』
 サイアクだ……! よりによって今いくなよ……! しかも女みたいな声出しやがって!
 絶対聞こえた、よな……
 強張る俺の上で嘉島はニヤリと唇をゆがめて、
「藤波、すごく可愛い……」
「嘉島ぁ!!」
 だーから似てねーし! 誤解されたらどーすんだ! いや、さすがにしねぇか、こんなバレバレな状況……あぁでも、絶対おかしいだろ!
 嘉島が、あ、と携帯を耳から放した。
「切れた」
「っのやろ……!」
 俺がキレるわ。マジで。音が出るほど歯食いしばったのは久しぶりかもしれない。
「てめぇ……俺に恨みでもあんのかよ」
「んー……」
 嘉島は携帯を放り投げた。そして唇がくっつきそうな位置まで近づき、笑った。
「あえて言うなら、斉田に?」
「――!」


*****


「ったく、信じらんねぇ……!」
 今日は空も晴れててさわやかな気分、なんてとてもじゃないがなれやしない。昨日の一件だ。嘉島の野郎は俺がマジでキレて一発殴っておいたからまぁいいとして、斉田だ。
 あいつ、電話切った後、音沙汰ナシとはどういう了見だよ。
 普通さ、たとえば彼女が男友達とAV見てたりしたら嫌じゃねぇ? あれ、でも待てよ、男が男と見てても怒ったりはしないか……いや、でも付き合ってんだったら嫌だろ、普通。ヤキモチ妬くとかなんかさ、いろいろあるだろ?
 とか昨日一晩中考えてたってのに、一晩過ぎて翌日を迎えてもまったく連絡なし。だから怒ってんだ。でも、今回ばかりは絶対俺から連絡してやらねぇ。なんか毎回俺ばっかり歩み寄ってる気がするからな。それ考えると、やっぱ俺ばっか好きなんじゃ、って気は、しないこともないんだけど。
 でも! もしあいつがもう俺のことどうでも良くなってたとしても、その事実をはっきりと俺に言ってこないところがむかつくというわけだ。
「ってあー、せっかくの休みなのになんでこんな悩んでんだよ俺ー……!」
 こういう時は町へ出て可愛い子ナンパするに限る。というわけで俺は昼過ぎから出かけた。別にお友達がいないわけじゃないんだぜ。ただ、こういう何も考えたくない時は全く知らない奴相手がいいんだ。そして俺を癒してくれる子が。
 そういえば、嘉島の男前な顔を殴った時はちょっとばかし気持ちよかった。だいたい、斉田に恨みがあるんだったら俺を巻き込むなって話だよ。女取られたって話ならちょっと詳しく聞きたいけど……ともかく、ケンカ嫌いで温厚なこの俺に手を出させるとは嘉島もなかなかレアな人間だ。そう強くなかったと思うけど、やっぱ男の力だから痣にはなってるかもしれない。自業自得だがな。
 あ、でも俺、斉田には結構手出してるかもなー……
「って、あーまた考えてるし!」
 ここらへんで一番でかい映画館のある付近は春休みということもあって平日なのに人通りが多かった。高校生、大学生……最近の中学生はオトナだからパッと見騙されるんだよなぁ。
 女の子は好きだ。可愛くて、おしゃれで、見てるだけで楽しい。別に、百パーセント恋愛関係になりたいって欲張ってるわけじゃない。そりゃ以前はがんばってたけど、今は別に友達としてだっていい。観賞用、っていうとおっさんみたいだけど。だから奴との関係を公言できないのは、それを言ってしまうと女の子が話すらしてくれなくなるかも、って考えてしまう面が大きいのかもしれない。それって、ずるいのかな。つか、こんなに女の子好きなのに、何で、何であいつなんだろう。
「って、あー……」
 エンドレスだ。もう自分に突っ込む気も失せる。
 やばい、ウツとかなったらどうしよう。悩みすぎたらハゲたりすんのかな。
「――あれ、藤波君?」
 そう言って俺を呼び止めたのは、いつぞやのコンパで知り合った女の子だった。
 それ以来連絡も取ってなかったんだけど、ショートの似合う女の子ってところで思い出した。申し訳ないことに名前は覚えてないけど。
 でも一応声はかける俺。
「久しぶりー。偶然だね」
「ハルカ、知ってる人?」
 カフェから遅れて出てきたロングヘアの女性が彼女の腕を揺すった。紹介してよ、と目で訴えている。
「今日は買い物?」
 俺が尋ねると、今お茶してたとこなのとロングの子が答える。もうこの子でもいっか、と俺は条件反射で笑顔を装備。
「俺今日ヒマなんだよね。ご一緒してもいい?」
「えー、こっちはいいけどー」
 渋々を装いながらうれしそうなのは目に見えてる。可愛いなぁ。可愛いんだけど……何か違う。
 カフェの窓ガラスには、違和感を閉じ込めた俺の笑顔。ばれない程度の溜息と共に視線をそらそうとしたが、不意にできなくなった。
 そのカフェの店内に、斉田とミカちゃんが居たからだ。
「……」
 ―――何で?
「じゃ、行こっか……藤波君?」
 プツッ、と、切れる音がした。むしろそれしか聞こえなかった。
 もういい。悩むの疲れた。周りの目もどうだっていい。
 俺は店に入った。まっすぐ席まで歩いていくと、斉田の胸倉をつかんでいた。

「もうやめだ―――」
 



「大丈夫? 藤波君……」
「え、何?」
「顔色悪くない?」
 カラオケを出るともうすっかり暗くなっていた。買い物を終えた後、歌って盛り上がろうと提案したのは俺だ。2時間ほど歌ったら結構疲れた。
 心配そうな二人に俺は笑って手を振ってみせた。
「大丈夫だってー。今日、まだ平気? ご飯とかどう?」
「そうだね、じゃ行こうかな」
「よっしゃ! 何がいい?」
「うーん、どうしようかなー……」
 何だ、視界が揺れる。耳鳴りがしてきた。そういえば昨日ほとんど寝てないんだっけ。でも今帰って一人になるのはもっと嫌だ。
「藤波君、ほんとに大丈夫?」
 カッコ悪いな、こんなに心配されるなんて。あんな修羅場もどきを見られたのも相当格好悪い。だめだ。いつもならもう一人男友達呼んで人数合わすとか気を回すはずなのに、すっかり忘れてたし。
 ぎゅっと目を閉じて、目を開けた時、とうとう幻覚が見えたかと思った。違うと分かったのは、明らかに女の子の感触ではない大きな手に腕を掴まれたからだ。
「帰るぞ」
「……何で?」
 斉田だ。



「おい、一人で歩けるって!」
「よく言う。ふらふらしてたくせに」
「っ、もう大丈夫だっての!」
 それまで何があっても離されなかった腕は、公園のベンチ前まできてようやく振りほどけた。
 こいつ、何で今更……
「ふざけんな、もうやめるって言ってんだろ!」
 腕がジンジン熱い。回りも気にせずに怒鳴ると、斉田も苛立った様子で舌打ちした。
「勝手に決めんなよ。何で急にそうなるんだ」
「は……?」
 マジで分かってねーのかよ。
 って、こういうのでいちいちショック受けたりすんのが、もう、疲れんだよ。
「嫌なんだよ、いっつも、お前のことで悩んだりとかすんの、もううんざりなんだよ……!」
 ガンガンと脳に声が反響する。
「おい、」
 眩暈がしたと思ったら、俺の体は斉田に抱きとめられていた。
 タバコの匂いだ。
「――俺、お前がやめろって言ったらやめる覚悟、してたつもりだったけど、やっぱ無理だ」
 両肩を支えた手がグッと強くなった。
「俺、お前のこと好きだし」
「……え?!」
「って、気付いたんだよ……改めて」
「な……」
 こいつ、今なんて。
 至近距離で顔を凝視すると、斉田はぱっと体を離した。眼鏡の向こうの目が、居心地悪そうに伏せられる。
「お、お前、卑怯っ……!」
 んなこと言われたら、どうでもよくなっちまうだろ……!
「ふ、ふざけんなぁっ!」
「ふざけてねぇよ」
「俺だって好きだよバカヤロー!」
 ずるい、マジでずるい。あんだけ悩んだのに。ずるい。うれしい。
 声でかいって、と斉田に頭を叩かれたけど、周りとか本当どうでもいいに決まってる。公園に誰が居ようが、近くのマンションに聞こえてようが、別にいい。本当は今すぐにでも抱きつきたいくらいだ。だって、こいつが自分から好きって、初めてじゃないか?
「だから、やめるっていうの、やめろよ」
 斉田が言った。
 それはもちろんそのつもりだ。しかし俺だって言わせてもらう。
「だったら、最後までエッチしてくれたらやめてやるよ」
「……」
 沈黙かよ!
「何だよできねーのかよ!」
「いや、だから……」
 ちょっと待て、ためらう意味がわかんねぇ。そこはもちろん『喜んで(ハート)』じゃねーの?
「どっちかが女役になるの、わかってんだろ」
 と、言いにくそうに奴は言った。
「は? そりゃまぁ……」
 当たり前だろ。そんなことも分かってない純情な人間だと思ってるわけでもないくせに。て、自分で言ってて悲しいな。
「だから……」
 斉田にしては歯切れの悪い言葉に、さすがの俺もははぁと思った。
 こいつ、さてはそれでずっと悩んでたとか……?
 バカだな、こいつ。
「お前は? どっちがやりたい?」
「何でお前、そんなキラキラした目で……」
「だって俺どっちでもいいし」
「どっちでも、って……」
 だって本音だしな。どっちがいいとかそんなことどうでもいい。情けないけど、余裕なんかあるわけない。
「なんか俺、かっこ悪いな……」
 悪い、とつぶやく斉田があんまし情けない顔だったから、俺は笑ってやった。
「んなこた分かってるっつーの」
 了承済みで好きだっつってんだよ、バカ。




「言うけど俺、そんなに女の子と経験あるわけじゃねーしな」
「でも俺よりはあるだろ」
「じゃあお前は何回……いや! やっぱいい」
 何でこの期に及んで意地の張り合いみたいなことになってんだ。いや、正直知りたくはないんだけどさ、過去の経験なんて。でもなんか、付き合った女の子に前彼のこと聞かされるより嫌かも。
「……で、どうすんだ」
「そうだな……」
 俺のアパートへ帰ってはきたものの、二人部屋に座ったまま、妙に改まった雰囲気だ。おかしい、こんなはずでは。いつもどうしてたっけ。って考えること自体がウブすぎて自分で自分が恥ずかしい。で余計変な空気になって、無限ループ。何やってんだ、俺……
「そうだ、口でしてやるって約束だったよな!」
 俺が思いついてにじり寄ると、斉田は「え」と固まった。って何ひいてんだよ。
「何だよ、嫌なのかよ!」
「だってお前……噛みそう」
「噛むかーっ!」
 俺は何か? 野生の凶暴な生物か?!
「お前、急に怒り出すからな」
 予測つかねんだよ、と斉田。まさかそんなことを思ってたとはな。
「てめぇ、俺を見くびるなよ……ぜってー気持ちよくしてやる」
 そっちがその気なら、こっちは全力で挑むまでよ。
 燃えてきたぜ。なんか、嘉島の気持ちがちょっと分かった気がするな。
「待てよ、風呂入ってからにしようぜ」
 ベルトを外しにかかる俺の頭を抑えて斉田が言った。しかし俺は続行。
「いいって。俺がやる気になってんだから黙って付き合えよ」
「我侭だな」
「素直だろ?」
 にやりと笑ってやると、仏頂面だった斉田も苦笑いをもらした。
 あーなんか、やっと顔まともに見れた気がする。うれしいな。
 そう思った瞬間、自然と唇が重なった。タバコ臭いのもこの際目を瞑ってやろう。髪を撫でる大きな手が気持ち良いから。
「っ、んん……」
 積極的に入ってきた舌が俺のを絡め取る。あ、やばい。頭の芯からジンとしてきた。だってこの積極さに求められてるような気にさせられて、満たされていくような感覚。がしかしこんな前哨戦で負けるわけには。
「……な、もう……」
 してやるから、と離れようとするのに、眼鏡がぶつかるのも構わず重ねてくる。眼鏡くらい取れよ。そんなに俺の唇が好きなのか。それは光栄だけどな、先に進めないだろ。
 そのまま手を伸ばして股間に触れると、やっと唇が離れた。
「何だ、もう硬いじゃん」
 今のキスでこんなになったのか、と思うだけでうれしい。
 フェラしてやるとか、何であんな変な賭け持ち出したか自分でも謎だが、でも驚くべきことに嫌じゃないことだけは確かだ。今までは女の子にしてもらうのだって気が引けたのに。ん、もしかしてこいつも、同じような理由で引いてた、とか?
 と、ブツを持ち上げつつ思っていたら。
「噛むなよ」
 念押ししやがった!
「ンのやろ、やってやろうじゃねぇの……!」
 見てろよこの無神経男。今に俺の口なしじゃ生きていけない体にしてやるぜ……!
 って、変なやる気のせいで緊張感なんか吹き飛んでしまった。えぇ、あったんだけどね一応。
 手始めに、見せ付けるように舌を伸ばして下から舐め上げた。うずくまる俺の横に伸びた足がビクンと震える。分かりやすい反応はこっちもやる気が出るってもんだ。横から斜めから、側面をじっくりと攻めていくうちにそれはぐんぐん天井を向いてきた。おぉ、元気そうで何より。
「結構でかいな……」
 同じ男としては言いたかないことではあるが、シンとした空気に耐えかねて思わず言ってしまった。
 唾液で濡らしたそれをまじまじと観察してると、上から斉田の声が降ってきた。
「しょうがないだろ……」
 熱い息が混じったその声は、耳元じゃなくてもちょっときた。
 もしかして、俺のせい? ってそれ以外ないだろ。
 あーやばい、ドキドキしてきた。けど、今更ここで羞恥心なんて取り戻せない。男は度胸だ。
 いつもより大きい気がするそれを、俺は思い切って口に含んだ。
「っ……!」
 苦しい。口いっぱいに斉田を感じる。意外と苦しいんだな、これ。見くびってた。だけどすぐに出すなんてできるわけなくて、限界まで咥えこんだ。
「んっ……ふ、ぅ……」
「藤波……」
 息をつめたような声で名前を呼ばれた。こんなことされて気持ちよくないわけないよな。
 しかしこれはうっかりしてると歯が当たってしまいそうだ。さっきあれだけハードル上げといてなんだけど。
「すごい、な……」
 つぶやいて、引き寄せるでもなくそっと、斉田の指が俺のうなじをなぞった。
 やばい、舐めてるだけなのに超感じる。
 その指が耳を辿り、顔を隠してた俺の前髪をかき上げた。視線を上げると、思った以上の熱を孕んだ目とぶつかった。熱い息を吐く唇は誘うように薄く開いてる。心臓が跳ねた。
「――感じる?」
 一旦口を離して、そう聞くと、斉田の熱い手の平が頬に触れた。
「もう、やばい」
「いきそう?」
 いっていーぜ、ともう一度咥えようとしたが、拒まれてしまった。
「もういいって」
「何で? よくねぇの?」
 もしかして、下手?
 不安になって顔を覗き込むと、斉田は視線をそらした。どう見ても良くない顔じゃないじゃないですか。
「何だよ、俺の中で出せばいいじゃん。飲める保障はないけど」
「飲むなよ、そんなもん」
 とんでもない、って勢いで斉田が言った。いや、だから保障はないって。こいつ、今更何照れてんだ。
 ていうか。
「お前さぁ、変なとこで遠慮してない?」
「……」
 だってなんか、俺に悪いとか思ってんじゃないだろな。こいつ、悩みすぎるところあるからな。あ、もしかして。
「本当はさ、俺に入れたいんだろ?」
 ピンときて言った言葉に、斉田は明らかに動揺したくせに、ムッとして即答しやがった。
「別に、入れたくねーよ」
 お前はどこのツンデレだっ。
「何で?! 俺はどっちでもいいって言ってんだろ。そこで否定する意味とか全然わかんねーし」
「あのなぁ……」
 捲くし立てる俺の言葉に、斉田はこめかみを押さえた。
「女の子ナンパしてるの見たら、女役嫌がるだろうなって思わない方がおかしいだろ」
「何それ、意味わかんねー。だいたい今日ナンパしてたのもお前のせいじゃん!」
「何で俺のせいなんだよ」
「お前が昨日俺のこと放置したからだろ!」
「は? してねーし」
「した! 電話切ったくせに!」
「切ったんじゃなくて切れたんだよ」
「は……え?! そうなん?」
 何だ、そうだったのか。いや、でも切られたにしてもその後連絡なかったことは気に食わんけどな。
 にしても嘉島の奴、わざとらしい小芝居しやがって。そんなに斉田のことが嫌いか。
「お前、嘉島に何かしたのか?」
 女取ったのか、とは言わずにぼかして俺が聞くと、斉田も言った。
「お前こそ、どういう関係だよ。なんであんなDVD一緒に見てんだ」
 思わず凝視してしまった。俺の視線に、斉田の言葉も止まる。
 え、だってちょっと、それって。
「もしかして……ヤキモチ?」
「……」
 またダンマリか、と思ったら。
「ヤキモチ妬かない相手を何時間も探し回って連れて帰るかよ」
「え、もしかしてお前、ずっと探してたわけ?」
「ケータイかけても出ないだろうと思って、探し回ったぞ。そしたらお前、妙にフラフラしてるし……」
 ま、まじですか……!
「分かりにくいんだよお前!」
 もっと表現してくれよそういう時は! ムッツリか! 不安になるだろ!
 今すごくキスしたくなったけど、さっきこいつの舐めたところだったと思い出して我慢した。さすがに自分のは嫌だろうからな。
 その代わり。
「なぁ……入れろよ、お前の」
「え?」
「俺、欲しい」
 唐突にそう思った。自分でもびっくりだ。
 でも、なんか、こいつに入って欲しいとかそういうことを思ってしまったのだ。よくわかんねーけど。異議は受け付けません。
「あ、ちょっと待てよ」
 俺はベッド下の引き出しを探った。
「何だよ、それ」
「慣らすのにいるだろ」
 チューブに入ったジェルだ。女の子が好きそうな香り付きのやつを、買ったもののまだ使ってなかったのだ。まさか自分に使う時がこようとはな。
「どこで買うんだよ、こんなの……」
 あれ、呆れられてる?
 そんな斉田を横目に自分でファスナーを下ろしていると、斉田がジェルのキャップを空けた。え、ちょっと待て。
「いいって、触んなよ」
「何で。やってやるよ」
「ちょっと、恥ずかしいからいいって!」
 こいつにあんなとこ弄られたら慣れるもんも慣れんと思うぞ。まぁ結局は入れることになるんだけど、でも指とあれは違うというか。
 ジェルを取り上げようとしたが、意外なことに取り合う羽目に。
「俺がするもんだろ、こういうのは」
 当然かのように斉田が言う。
 確かに、女の子相手だったらそうだけどさ……いや、でも!
「いいから! マジで!」
「お前もさ、変なとこで遠慮してんじゃん」
「は?!」
 さっき俺が言った言葉を返されてしまった。腹立つな。
「ちげーよ! 俺のは遠慮とかじゃなくてだなぁっ――」
 そしてあぁまたケンカ腰。この期に及んでどうしてこうなってしまうんだ俺ら……と思いつつ、俺の口はそう簡単には止まらないんだけど。
 だけどいい加減、斉田も同じことを思っていたらしい。
「もう黙れよ」
 そう言って、唇を塞がれた。
 ちゅ、と軽いヤツだったけど……効果覿面。黙りましたよ簡単に。なんか、手懐けられてるみたいだけど、悪い気はしない。
「お前はいいから、服でも脱いどけよ」
 暖房で部屋も暖まってきたし、いつまでも下だけ露出した情けない格好でいるのは笑えるだろ。
 俺がそう言うとやつはやっとジェルを離し、無言でシャツのボタンを外しはじめた。脱ぐとこなんて何回も見てるのに、目的が目的なだけにまともに見れない。熱くなる顔をごまかすようにそらした。
 脱いでいく斉田に背を向けて、下着まで脱いだ状態でジェルを手の平に取った。イチゴの甘い香りがふわりとする。そういえばフルーツ味の歯磨き粉とかあったよな。消しゴムとかな。食べ物でない物に匂いをつけるって、それ考えると人の意欲はことごとく食に通じてるのかって感じがするな。
 んなこと考えてる間に、すぐ真後ろで声がした。
「何やってんだよ」
「おわっ」
 手が、手が脇腹から背中をなぞって、Tシャツをたくし上げてくる。
「ちょっ、ちょっと、付くだろ、服に!」
 俺がそう言うと、斉田は俺の手の平のジェルを自分の左手に。そうして右手でシャツを脱がしにかかった。渋々俺も腕を抜く。
 裸になると、斉田が後ろから抱きしめてきた。暖かい。でも確かに、顔見えない方がいいかも。
 硬いのを押し付けながら、斉田は俺の片足を開いた。
「やってやるよ」
「っ……!」
 だから、耳元でしゃべんなって。
「いいって、自分でっ……」
「うるさい」
「あっ――」
 耳朶をかまれた。そのまま音を立てて穴を舐め、うなじへと下がる熱い舌に俺はビクビクと体を震わすしかなかった。
 俯く俺の視界の中で、後ろから延びてきた斉田の左手が、既に上向き加減の俺を包んだ。
「っ……」
 ジェルを伸ばすように全体に撫でられる。やばい、気持ちいい。慣らす前にいったらどうしてくれんだ。
 突如体を起こされて、俺は両手を床につく羽目に。
 ぬるぬるになった手が俺の足の間を割って、尻の入り口に触れた。
「うわっ!」
「色気ねぇな」
 いや、だって、入ってるよ。
 斉田は苦笑しながらも、一本を深々と入れてきた。濡れてるからかすんなり入る。だけど2本となるとちょっときつい。ぐいぐいと入り口から広げながらちょっとずつ奥へ入ってきた。
「ぁっ……うっ……」
「痛い?」
「や、平気……」
 痛くはない。痛みより、まだ理性が勝ってて、こんなとこ弄られてるっていう恥ずかしさで顔から火が出そうだ。この体勢もどうかと思ってたけど、顔が見られないだけマシかも。
「息、吐けよ」
「んっ……」
 斉田の声も熱い。右手を俺の右手に重ねて、肩や肩甲骨の付近に唇が落とされる。たまに襲う痛みはうれしい痛みだ。こいつはいつも言わないから、そんなこと一つうれしくてたまらなくなる。
「な、もういいって……」
 思わず出た声が掠れてて恥ずかしくなった。そんなに余裕ないのかって感じだ。いや、ないんだけど。
「もうちょっと」
 そう言って斉田は指を動かした。くちゅくちゅと音を立てて内壁を広げている。この音とか、もうやだ。俺は俯けた顔を腕の間に埋めた。
「もー、焦らすなよー……」
「っ……」
 指の圧迫がなくなった。と思った瞬間――
「あっ――」
 熱い。てかこれ、ムリじゃないか? と思ってたら、予想以上の力で腰を引き寄せられた。
「あっ待っ……!」
 ピリッとした痛みが過ぎた後はものすごい圧迫感。何だこれ、初めて感じる違和感だ。噴き出してくる汗は冷や汗なのかなんなのかもわからない。でも。
「ごめん、藤波……」
「……」
 押し殺したような背中の声に、体の芯の熱がぶわっと燃え上がってきた。と同時に実感する。今、入ってるのか。
「何で……謝んだよ」
「無茶、するかも」
「いいじゃん、すれば」
「お前な……」
 この期に及んでなにを言ってんだか。
 正直、気持ちいいとはかけ離れてる苦しさだったけど。
「すごい、熱いな」
 声の熱さが、手の熱さが、俺のいろんなところを満たしてしまう。それだけでもう泣きそうなくらいうれしいって、何なんだろう。俺、そんなにこいつのこと好きだったのか。
「好き……」
「え?」
「え」
 無意識に声に出してた。なんてこった、恥ずかしすぎる。こんなの、女の子相手でもなかったのに。
 てか、更にでかくなってないか? えええ。
「うわっ、ぁっ――」
 軽く抜かれて、再び奥へ。慣れたのか、挿入も早くなってくる。ジュクジュクと音を立てて、斉田の硬いのが俺の中を行き来してる。音だけでおかしくなりそうだ。
「もう、やばい……」
「んっ……いけよ……」
 俺が答えると、腰をさらに強く掴んで引き寄せられた。
「あっ、あっ――」
「藤波っ……」
 張り詰めた声。こんなの聞いたことない。
「っ……」
 何回か強く打ち付けた後、ゆっくりと息を吐く気配がした。出された感じはしないけど、中のそれはドクドク震えてる。
「……いった?」
「……悪い」
「いや、つかお前、いつの間にゴムなんか」
 床にコンドームの袋を発見した。こいつ、もしかして意外と手馴れてるとか……あ、なんか腹立ってきた。
「早く抜けよ」
 しかめ面で言うと、悪い、と斉田が謝った。怒ってるのは先にいったからじゃないんだけど、教えてやらない。
 ゴムを処分するのを見て、俺は聞く。
「新しいのは?」
「……もうない」
「は?!」
 一個だけかよ! 俺も見くびられたもんだな。前言撤回。やっぱこいつ慣れてない。
 しょうがねぇなー、と俺はちょっとわざとらしく、さっきジェルを出した引き出しから取り出した。ていうか、男でもつけるんだなと今知ったんだけど。
「待てよ、そんなすぐ無理だろ」
 何? 確かにお前は一回吐き出してすっきりしただろうけどな。
「早く、お前のでいきたいんだよ」
 有無を言わさず握ってやると、意外と早く硬度を取り戻してきた。やっぱ若いもんはこうでなくちゃな。精液とジェルで生々しく光るそれを根元から扱きながら、先端に唇を押し付け、吸い上げる。
「すげーな……まだまだ元気じゃん」
 くるくるとゴムをつけてやると、斉田、
「じゃないと困るだろ」
 今度は床に仰向けにされた。
 えっもう? 心の準備がまだ――
「あっ――」
 ばっちり正常位だ。両足の間に入ってきた斉田が俺の腰を持ち上げ、さらに奥へと入ってきた。一回挿入したとはいえやっぱきつい。しかも真正面から見られてると思うと余計に締め付けてしまう。照れくさくて。
「お前っ……眼鏡、取れば」
 若干腕で顔を隠しながら俺が言うと、一応入れ切ったらしい斉田は一息ついて言った。
「取ったら見えないだろ」
「なっ……」
 何を。俺の顔をか。それとも体か。
 あ、やばいなんか恥ずかしい。だってこいつこんなこと言うヤツだったか。
 ていうか、見て欲しい時に見てくれなくて見て欲しくない時に見てるんだな。気が合わないヤツ。
「そういえば……」
 内股を撫でる長い指を目で追いながら、俺は思い出す。
「今日、ミカちゃんと何してたんだよ」
「は?」
 こんな時に何を、と眉をしかめて斉田が見下ろしてくる。あぁこう見るとなかなかいい体してるんだな。運動してなさそうなのに。じゃなくて。
「二人でデートかよ?」
 あんなお洒落な喫茶店で女の子と二人って、絶対そうだろ。
「あれは……」
 言いにくそうに、斉田は余計に顔をしかめた。
「何だよ、言えねーのかよ」
 思わず体を起こしかけると、腹に力が入って締め付けることになり、お互いに呻く羽目になってしまった。
「聞いてたんだよ……仲里さんに」
「何を」
「……嘉島が、どんな奴か」
「何で? お前あいつに気があんの?」
「馬鹿」
「何だよっ」
「お前と仲良いからに決まってんだろ」
「なっ……」
 何だ、そんなこと。って、気にしてたのか、一応。
「で、ミカちゃんは何て?」
「……」
 どうでもいいだろ、と黙ってしまった。黙秘権か。
 まぁ、内容はどうであれ、女の子と二人で喫茶店ってのは気に食わないけどな。
「何だ、お前、相当俺のこと好きなんじゃん」
 思わずニヤニヤしてしまう俺とは反対に、斉田はムッとして口を曲げる。
「分かったんなら余計な心配かけるなよ」
 否定はしないんだ。うわ、素直にうれしい。
「だったらもっと優しくしろよ」
 両足を絞めると、斉田が低く呻いた。
「優しいだろ、充分」
「どこが!」
 全否定すると、ズルッと抜かれた。
「ひっ……」
 先端だけ引っ掛けた状態で、再びゆっくりと挿入してくる。それも、超ゆっくり。大きさに慣れてきた中が待ち構えてるのに。
「それ、やめっ……」
「優しくしてほしいんだろ?」
 そう言って、全部入ってないのにまた抜かれた。ひどい、初心者相手に焦らしプレイか。
「そっ、そういうとこが意地悪だってんだよ!」
「そういうとこって?」
「だから、焦らしたりとかっ……」
「じゃあどうしてほしいんだよ? 言ってみろよ」
「っ……!」
 こ、こいつ、言葉責めなんていつの間に……! 一回抜いたからって余裕ぶりやがって……でも、そういう顔にもどきどきするなんて、俺も相当やばいよな……Mな自覚はなかったんだけど。
 でも、そっちがその気なら言ってやる。俺の中に入っときながらいつまでも理性保ってられると思うなよ。
「早くっ……」
 俺は手を伸ばして、足を支える斉田の腕を掴んだ。
「お前の、奥まで欲しい――」
「……」
 うわぁ、分かっちゃいたけどやっぱめっちゃ恥ずかしい……!
 ばっちり目が合ってしまったから、思わずそらしてしまった。やばい、痛い、痛い子だよ俺。昨日見たビデオかっつーの。
「え、あっ」
 突然、ズクンと奥まで突かれた。
「ちょ、お前いきなりっ……や、あ、ぁっ――」
 こんなに声出して隣大丈夫だっけか、と思う心配も虚しく喘いでしまった。
 揺さぶられながら前も同時に弄られ、きつく締め付けたせいか見上げた顔は苦しそうで、しかしそれも俺のせいだと思うとものすごく気分が良くて。
 指で目元を拭われて自分が涙目なのに気付いた。
 苦しくて泣いてると誤解されたくなくて、思わず。
「すごい……気持ち、いっ……」
「っ……」
「んぁっ――!」
 もう止まらない。
「あっ……斉田、斉田っ――」
 求めて欲しいと思ってたけど、求めてるのは自分の方だ。意味もなく名前を連呼しながら思った。









「やっぱわかんねんだけどさ、お前嘉島になんかしたのか?」
 シャワーを浴びた後、開口一番に俺は考えていたことを尋ねた。眼鏡を取って既に寝かけていた斉田はむくっと頭だけ起こして、
「何かって何だよ」
「だからこっちが聞きたいんだって。たとえば……」
 迷ったけど、ここまで来ると別に伏せる意味もない。
「女取った、とか」
「……」
「だから何で言えねーんだよ! 余計あやしいっつーの!」
「もういいだろ、過去の話なんか」
「過去……やっぱ何かあったんじゃねーか! いいじゃんさらっと言っちゃえば! 隠すから余計気になるんだろ!」
「別に隠す気はねーけど、つまんない話だし」
「何だよ」
 聞くまでそらさない、とばかりにじっと見つめると、斉田はふかーく溜息をついた。
「お前」
「……は?」
「だから、お前を取られたからなんじゃねーの」
「は?」
 友達取られたからってそんなガキみたいなこと……って。
「つまんない?! つまんない話って言ったなお前!」
「教えてやったのに怒るなよ」
「怒るだろそれはー!」
 俺が関わってんのにつまんないって何だよ!
 ベチッと湿ったタオルで頭に打撃を一発。
「いってーな、」
 ベチベチやっていた腕が捕まって、ベッドに倒れこんだ。改めて至近距離で顔を突き合わすとなんか微妙に照れくさい。頭を拭くフリして目をそらしてしまった。俺もなかなか純情だ。純情なのに。
「何でこんなにケンカすんだろーな……」
 心底しみじみとつぶやいてしまった。
 ついさっきエッチしたばっかだってのに、なぁ。ムードも何もありゃしねぇ。いや、あったりなかったり? 三歩進んで二歩下がる? なんとか進んでるとは思うんだけど。この体制はきっとこの先ずっと変わることないような気がする。おかしいな。こんなの気の迷いだからいつ終わってもいいもんだと思ってたのに、今じゃ終わってほしくないと思ってる。
 でも、こいつはどうなんだろ。
「そんなの、好きだからだろ」
「え?」
 今、こいつ、好きって言ったか? てか、そんなことを思ってたのか?
「う、わー……寒ッ!」
「うっせーな」
 べシッと頭を叩かれた。
 いてーな、と退けたその手の隙間からのぞき見る顔はちょっと赤い気がする。
 寒いのに、俺の顔も熱い。
 
 お前も、同じだって思わせていただくぜ。
 そんな言葉吐いた責任はしっかり取ってもらわないとな。


***end