■旦那様の恋人 ――その後の旦那様
 


「神田くーん」
 呼ばれて行ってみると。
「眠れないんだ。一緒に寝て?」
「駄目です」
「じゃあ手つなぐだけでいいから」
「いけません」
「子守唄……」
「いやです!」
 何が悲しくて、夜中にこんな応酬をしなければならないのか。
 青いバスローブを着た35の男はベッドの上で膝を抱えて拗ねている。何が悲しくて、主人のこんな姿を見なければならないのか……
「神田君……冷たくなったよね……」
「竜臣様が変なこと言うからじゃないですか」
「俺が変なこと言うのは珍しい?」
「まぁ……前からですけど」
 それはそうだけど、対応できる我が侭だからまだよかった。自分がそういう意味で好かれているとは夢にも思っていなかったし、関係ないと思っていたから何を言われても流せたのだ。それが今や、このふっきれたかのような我が侭。受け取る気はさらさらないし、正直手に余る。だいたいあの時も、キスなんてされてしまったし。
「……」
 本当に、俺のことが好きなんだろうか。こんな人が。
 一応尊敬はしているのだ。仕事もできて部下からの人望も厚く、おまけに男前ときた。他の女性が放っておくはずがないのに、未だ独身。
 本気なんだろうか。でも、そんなこと聞けない。
「ホットミルクでも作ってきますから、大人しく寝てください。だいたい、風邪気味なんですから早く寝ないと……」
 言い終わる前に腕を引かれた。
「竜臣様?」
 テーブルランプだけの薄明かりの下、見下ろした竜臣はどきっとするほどきれいな目を向けてきた。長い睫毛が影を落としている。薄い唇がゆっくり開いた。
「優しいね、神田君。だから好きだよ」
「っ……」
 仕事ですから、と、何故だか言えなかった。本当に、それ以外理由はないのに、罪悪感だろうか、チリチリと胸が痛む。
 仕事だから当たり前だ。健康管理も任されているのだから、体調でも崩そうものなら俺が仕事していないことになる。そんなの当たり前じゃないか。
 優しいとか、言われることじゃない。
「竜臣様の方が、お優しいです」
「……」
 って、俺何言ってんだ……!
「ミルクっ……作ってきますから!」
 顔が熱い。部屋が暗くてよかった。 
 手を振り解いて足早に部屋を出ると、思わず頭を抱え込んでしまった。

「はあぁ……何やってんだ俺……」



■END■