|
|
「――何やってんだ、神田」 ドキ、とまた心臓が縮んだ。 厨房で牛乳を準備していたところに、黒崎がやってきたのだ。 「竜臣様が眠れないとおっしゃるので」 「ふぅん」 「黒崎さんもいります?」 風呂上がりだろうか、黒のタンクトップで肩にタオルをひっかけている。相変わらず、良い体付きだ。 「いらん。俺は酒が欲しい」 「はは、勝手に飲んだら野原さんに怒られますよー」 ってあの人が怒ったところ見たことないけど。 笑いながら鍋に火をつける。ふと視線を向けると、テーブルにもたれた黒崎は腕を組み、監察するようにこちらを眺めていた。視線を意識すると急に緊張感が増す。 しまった、普通に会話ができるのがうれしくてつい忘れていた。今まで素っ気ない態度しか取られてなかったから、本音を言うと少し辛かったのだ。 竜臣様はああ言っていたけれど、この人は本当のところ一体どうなんだろう。 「あの、一つ聞きたいんですけど」 「何だ」 「俺、よく睨まれてましたよね」 好きなのが竜臣様でないというのなら、それが釈然としない。 「あぁ? そうか?」 「そうかって、自覚ないんですか?」 「普通だろ」 「……」 普通。確かに怖い顔がデフォルトだけど。 まだ釈然としない神田に、敢えて言うなら、と黒崎は顎の髭をさすって言った。 「竜臣様を睨んだことは何回もあるな」 「なっ何やってんですか」 主人を睨むとか言語道断だろ。 「仕方ないだろ。お前が好きなんだから」 「なっ……!」 「お前、お人好しだからなぁ。主人だからってあんま気ぃ許すなよ」 「ななっ……!」 やばい、黒崎さんってこんなこと言う人だったのか。 お人好しだなんて言われたことないし。 「おい、鍋」 沸騰してきた鍋に気付き、慌てて火を切った。 蜂蜜を少し加え、小さなコップに少しだけ入れて味見をする。ふわん、と蜂蜜特有の香りとほのかな甘みが広がった。 「うまそうだな」 「あ、やっぱり飲みます?」 振り返ると、肩をぐいと掴まれて……唇が重なった。 「っ――?!」 「……甘ぇ」 言いながら、ざらついた舌が下唇を舐めた。 「く……黒崎さん……」 逞しい体とコンロの間に挟まれて、俯くしかなかった。 何だ、何が起こったんだ。ちょっと理解が難しい。蜂蜜のせいか、頭がふわふわするし―― 「あと、隙見せすぎだ」 ちゅ、と音を立てて首筋にキスされた。 「んっ――」 変な声を出してしまった口を思わず手の平で抑える。やばい、泣きそうだ。 スッと耳元の髪を梳かれた。おずおず見上げると、柔らかく細められた目が向けられていて、ゆっくりと手が離れた。 「――おやすみ」 「お……おやすみ、なさい……」 『今後、しっかり自分の身を守るように』 竜臣の言葉が脳裏をよぎった。 ―――やっぱ筋トレ、はじめようかな…… |
|
■END■ |
|