|
|
「っ、はぁ……あっ……」 何この、無駄に固い皮膚。ちょっと強く掴んだくらいじゃ痕もつきそうにない。悔しい。一体いつの間に鍛えてるんだ。ていうか皮膚なんかどうやって鍛えるんだ? 掴んだ二の腕をたどって視線を上げると、伏せた目がこっちを見下ろしていた。やっぱ悔しい。何で、見てるだけで心臓の動きがやばいんだ。目尻を手の甲で拭うと、その手を掴んで退けて食べるように唇が重なってきた。 「んぁ……ちょっ、待てって!」 「んだよ」 ご立派な胸筋をもう片方の手で押しやると奴は不機嫌そうな顔になった。なんだよってなんだ冗談じゃない一体何回やる気なんだこいつは。体が離れた隙間から見下ろすと、繋がった部分が見えた。もうとっくにこの形に馴染んでしまったそこは実においしそうに飲み込んでしまっている。それは自分でもわかる。けどな。 「いい加減、俺にも入れさせろ」 ビシッ――と、言い切ったつもりだったのに……あぁもう擦れた声じゃ迫力も何もありゃしない。 「……」 案の定、上からは馬鹿にしたような溜息が降ってきた。 「懲りねーなぁ、お前」 「あってめ、どういう意、味っ――」 言い終わる前に腰を持ち上げられて再びひっくりかえってしまった。掴まれた左手が顔の横でシーツに押しつけられる。てっきり動き出すと思っていた下半身が止まり、反射的に閉じていた目を開くと、その視線は抑え込んだ左手に注がれていた。 「何だよ……?」 親指がそっとなぞる箇所、手の平の親指付け根付近には傷がある。3センチほどの掠り傷だ。電源の入ってない工具でかすっただけだから深くもないしもうカサブタになってる。その時はかなり怒られたけど。会社での怪我はなんかいろいろ面倒なんだ。あんだけ怒っといてまだ怒る気か、と眉をしかめて見上げると、予想外な意地悪い笑みが落ちてきた。 「こんな怪我してるようじゃまだまだ無理だな」 「はぁ? 関係ねーだろそんなこと!」 それとも仕事の話か? それこそ今関係ねーだろ。 むっと言い返した瞬間腹に力が入って締め付けてしまった。奴の喉がごくりと動く。 「それに、まだ足りないみたいだしな」 「は?! ちょ、待てって――」 男前はどんな顔でも男前でずるいよな、なんて思わず思ってしまうのもまた悔しくて、せめてもの意思表示に近づいてきた肩に噛みついてやった。その皮膚に痕が残ったか確かめる余裕なんて、全然なかったけど。 ***** 「こら須磨! また遅刻かー!」 「げっ」 細心の注意を払った抜き足差し足にも何の効果もなかった。ラジオ体操の最後の伴奏部分に重なって飛んでくるのは工場長の低く濁った怒鳴り声。あーもう、朝一くらい爽やかなおはようのあいさつが欲しいもんだよ。 とは言え相手は社長の次にエライ工場長。溜息つきたいのを全力で我慢だ。 「いやぁ、でもまだチャイム鳴ってないんだしセーフってことで――」 「口答えをするな!」 工場長の声がさらにでかくなった。いやもう充分聞こえてますから。 「それになんだその髪は」 「げっ」 今日は機嫌悪い日かもしれない。だいぶ伸びてきた茶髪をゴムで束ねていると、工場長が近づいてきた。嫌な予感。 「よーし俺が切ってやる」 「いっ?! いいっす、そんな工場長の手を煩わせるようなことじゃねーっす!」 「遠慮すんな」 髪が束ごと後ろから引っ張られた。ここには髪を切る工具なんていくらでもあるのだ。なんなら首ごと切れそうな機械だって。って冗談でも考えたくないな。しかしこのままチョン切られそうな勢いにこっちは必死だってのに、周りの同僚どもはゲラゲラ笑うばかりでその薄情さには腹が立つったらない。こいつら絶対後で殴る、と睨んでいると、横からグッと肩を掴まれた。 「すんません工場長、ちゃんと言っときますから」 でかい手が作業着の襟首を引っ張った。そしてそのまま俺の頭を力づくで下げさせる、このえらそーな態度の男は。 「要司、てめぇ……」 「ったくお前、いつまで魚住に面倒見てもらってんだ。どうせならモーニングコールでもしてもらえ」 「んなっ」 「ん、してやろうか?」 「っ……のヤロ……」 うぉー超殴りてぇ……! にやにやしがって……だいたい誰のせいだと思ってやがんだ。 「―――ったく、ちゃんと起こしてけよな!」 工場長が事務所に向かうのを見届けた後、俺は小声ながらも怒鳴りつけた。そもそも、モーニングコールどころか直接起こせる状況だったんだぞ、こいつは。それで見捨てて行きやがったというのは薄情にもほどがあるだろうが。 しかしこのふてぶてしい男、魚住要司はまったく何の悪びれもなく俺の視線なんかコバエのようにさらりとかわして肩を竦めやがった。 「起こしただろうが」 「うそつけ! いくら一緒に出勤がマズイからって……」 言った瞬間、ガッと足を蹴られた。 「ってぇな! んだよ、誰も聞いてねーだろ」 「お前はそうやって油断ばっかしてるから怒られんだよ」 「油断なんてしてねーし」 確かに工場は狭いけど、もう機械が動き出したりしてかなりにぎやかになってるからこんな会話なんて聞こえるわけない。 ムッとして言い返した瞬間、奴の視線が俺の左手に落ちた。昨日怪我した場所だ。ちっ、分かってるよ油断してなかったら怪我なんてしねぇって言いたいんだろ。あーもうむかつく。 確かに、この男だったら油断なんてしねーだろうな、とは思うけど。上からの信頼だってばっちりだし。黙々と仕事をこなす様子なんかはクールでかっこいいと事務所の女性から言われているらしいが、いやいやとんでもない。 「ったく、マジ冷てーよな」 まさに冷たいという意味でのクールだと思う。俺に対しては。 「どこが。充分優しいだろ」 「は?! どこが? だったら俺にも入れさせ――」 「ようさーん」 要司の足が俺の脛を蹴り上げた。ひっでぇマジで…… うずくまる俺の視界に入ってくるのは、事務の川端さんだ。入社したのが俺と同じ1年前だからいわば同期。彼女は一枚のA3図面を持って、長い睫毛で瞬きして申し訳なさそうに要司を見上げてきた。 「さっき急にクレームがきて、至急再製作お願いしたいものがあるんですけど……ダメですか? 今日こんでます?」 きた。必殺、上目遣い。 要司はすんなり図面を受け取り、少し考えて、 「あぁ、大丈夫。朝一でやるわ」 「よかったぁ、ありがとうございます!」 喜ぶ彼女に優しく肯くと、図面を見ながら要司は資材置き場のテントへ向かってしまった。途中、「これお前がやったヤツだろ」と入って3年目の小林の頭を図面で叩いている。あ、優しい。俺のクレームなら絶対蹴り入れてるぞ。 女の子には当然のように優しいし。 「あーくそ……」 苛々する。 「おーっす仙ちゃん」 べったり、背中に暑苦しい何かがくっついてきた。うんざり振り向くと、見慣れた金髪。 「お前、うぜぇー……」 「やん冷たい」 「てか『仙ちゃん』はやめろ」 年下のくせに、と足をふんづけてやるが離れるどころか更にくっついて「何でー」と肩越しに顎を乗せてきた。うざい。てかここで俺が要司にこんなにくっつこうものなら殺されてるだろうな。いいなこいつは気楽で。 「何、どした? 元気ねーの」 目敏く気付いて滋が覗き込んできた。作業着だがここの従業員ではない。近くの単なる同業者だ。小さな町工場同士昔からの付き合いらしく、材料や道具の貸し借りもたまにするのだ。勝手に現場に入ってきてももう誰も気にとめないようになっているのは、フレンドリーというか不用心というか。 「別に。今日は何だよ」 「冷たいなー。板もらいによ。電話で頼んどいたんだ」 「あーっそ」 「何、二日酔い?」 「ちげーよ」 「じゃ今日飲みいこーぜ。給料入ったし」 「あ、奢り?」 「ふざけんな?」 にっこりと素敵な笑顔で返されてしまった。くっそ可愛くない。てかいつまでくっついてるんだ。くすぐってやろうと脇腹に手を伸ばすと、あ、と滋が声を上げた。 「よーさん、はよっす」 「これ、言ってたヤツだろ」 要司が片手に50センチくらいのプラスチック板を持ってやってきたのだ。 「あざーす」 相変わらず要司にだけ敬語を使うところはやはり気に食わない。なぜだ同い年なのに。 板を受け取った滋は「そういえば」と要司を見上げた。 「よーさん、返事してあげました?」 話が見えない。要司を見ると、 「あぁ、もう終わった」 「そっかぁ。じゃあ落ち込んでたのはフラれたからか」 「シゲ」 「何? 何の話だよ」 『フラれた』に食いつく野次馬のフリしてさりげなく明るく割り込むと、返事の代わりに目の前に突き出されたのは一枚の図面。 「仙、今日のノルマな」 「へ?」 何、と図面を読むと、比較的簡単なネジの加工図。楽勝じゃん、と思っていると。 「げ、300コ?!」 「今日中な」 「はぁー?!」 ふざけんなー! と図面を破りたくなったがそんなことをすれば工場長に殺されるのは目に見えている……あぁ泣きそうだ。ただでさえダメージくらったのに。 だって、だいたい想像はつく。滋のとこの現場に若い女の子がいるから、頼まれた滋が紹介でもしたんだろう。ふられたとは言ってたが安心ばかりもしていられない。 って、安心って……考えてしまう度に自分に嫌気がさすんだけど。だってこの俺が、男なんかに、よりによってあんな奴なんかに……って、思うんだけどなぁ……心変わりしねぇかなぁって女の子探したりもするけど、やっぱり駄目なんだよな。 あぁもう、男なのは百歩譲るとして、何であいつなんだろう。そもそも仕事スキルでも敵わないのに、劣等感ばっかなのに。だって基本意地悪いしな、俺には。 図面を目の前に、もう何回目か分からない大きな溜息。今日中に終わる気配はまったくない。 「絶対、嫌がらせだよな……」 「仙、おさきー」 「がんばれよー」 時刻は午後18時過ぎ。みんな次々と帰っていくが誰も手伝ってくれやしない。冷たいもんだ。 工場を見渡すと奥半分は電気が消えていた。省エネか。それは分かるけどなんか寂しい。 やれやれ、と旋盤に向き直ると、 「休憩するか」 「おわっ!」 要司が目の前に立っていた。いつの間に。 「何驚いてんだ」 ぶっ、と噴き出された。 「だっ……て、びっくりさせんなよ」 「まさか一人だと思ってたのか?」 「んなわけねぇけど……だって向こう電気消えてるし」 皆帰ってくし。 「お前一人で残すわけないだろ」 「え、」 珍しくも思いやりのある言葉に目を見開くと。 「鍵持ってないくせに」 「……」 ですよねー。動揺した自分を激しく殴りたい。こいつが優しいわけない、そんなわけないって日々言い聞かせてるはずなのに。 要司も残業なのか、二人して自販機でコーヒーを買うと工場の外のベンチに向かった。夜の風は少し涼しく、機械の熱で火照った体を程よく冷やしていく。誰かが置きっぱなしにしていった漫画雑誌を要司はぱらぱらと捲っている。それを俺はぼんやりと眺めた。 別に、ビジュアルが好みなわけじゃないよなぁ。一目惚れでもないし。一般的に見て格好良いとは思うけど。真っ黒で短い髪は硬派に見せかけてるけど、中身は全然違うことはもう分かっている。昨日だって人を散々いかせて疲れさせた後で中で何回も出すし。睡眠時間減るわ。だから寝坊すんじゃねーの。てかこれも意地悪の一つなのか。俺を困らせて楽しんでいるのか。ありうる。 けど、まぁ、手を出したのは自分からだ。出来すぎなこいつに苛ついて遊び半分で始めたのは俺。勘違いだって、気持ち悪いって思えればよかったのに、向かった方向はまさに正反対。そんな関係が続くともうどうしていいか分からなくなってくる。今更どの面下げて気持ちを伝えるとかできるだろう。そんな状態で女に嫉妬とかする権利もないし……完全に自業自得だ。 だけどというか、だからというか。 「なぁ」 「あぁ?」 「あの図面、全部今日中に出来たら俺にも入れさせろよ」 「何を」 「だから、お前に俺の――」 「おーお前ら、何時まで残業だ?」 工場長だ。 「あ、9時には帰ります」 「そうか。戸締り任せたぞ、要司」 「はい、お疲れっした」 工場長を見送ると、後頭部に手の平が飛んできた。 「いっ」 「お前、馬鹿か」 「てぇー! んだよ」 殴られた後頭部を撫でつつ、俺は強引にさっきの話題を続けた。 「じゃあ、今後一カ月遅刻しないから入れさせろよ」 「あのなぁ」 「じゃあミス率最下位だったら」 「その口溶接してやろうか」 何それむしろちょっと見てみたいわ。ってそうじゃなくて。 「そんなに嫌かよ」 「お前もそんなに入れたいのか?」 「そりゃ、まぁ……俺も男だしな」 「……」 涼しげな視線が向けられる。居心地悪い。 「んだよ……だったら女とヤレとでも言うのかよ」 あ、言いそう。入れるだけだったら誰でもいいだろ、とか。うわぁ。 自分で言っておきながら傷ついた。なんだ俺、いつからこんな自傷癖が…… こっちは酷く沈んでしまったというのに、要司はあろうことか軽く鼻で笑いやがった。 「そりゃ無理だろ」 「な、何でだよ」 「俺のこと好きなくせに」 「んなっ……!」 あっれー、俺、言った? 言ってないよな一っ言も……! 「ざっ……けんな好きじゃねーよ!」 反射的に怒鳴っていた。 「へぇ?」 にやにやと笑って要司が横目で見てくる。 何だその余裕。むかつく。 気がつくと缶が手の中でつぶれていた。こぼれたコーヒーが膝に落ちて色褪せた作業着にシミを作る。それとも何だ、隠しきれずに溢れ出ていたとでもいうのかこのコーヒーのようにシミとなって……い、居たたまれない…… 「だったらお前は、好きでもない奴に入れたいって思ってんのか?」 そんなことを要司が言った。 「な……」 違うだろ、何でそうなるわけ。 腹が立ってきた。 「そんなの……お前だってそうだろ。俺に入れてるくせに」 そうだよ、だったらお前こそどうなんだって話だよ。好きでもない癖に俺につっこんでるし、人に言えた立場かっていう…… 「お前、本気で言ってんのか」 「は?」 ぞく、と悪寒が走ったのは聞いたことない声だったからか。確認する隙もなかった。 肩腕を掴まれて引きずられる勢いで工場内の休憩室へ連れ込ていかれて、たてつけの悪いドアが派手な音を立てて閉まったかと思いきやそのままソファへ投げられて。 「な、んっ――?!」 乱暴なキスで動きを封じ込められる。意味が分からない。強引に口を開かれて反射的に負けじと舌を伸ばすと、結んでいた髪を解いた手が頭をぐしゃぐしゃに掴んでくる。作業着の油の匂いも気にする余裕がないくらい、ぞくぞくと何かが背中を這いあがってくる。 怒っているのか。でも何でキス。理解できないまま流される。 「っ……あ、要司っ……」 好きじゃなかったら名前なんて呼ばないし、その体に手を伸ばしたいなんてことも思わない。当たり前だ。 だけど、それの伝え方が分からない。 首に回そうとした腕が阻止されて、ソファのひじ掛けに押しつけられた。 「な、に……」 「俺はなぁ」 締め付けられる腕が痛い。ぼろいソファが壊れるんじゃないかと思うくらい押さえつけられる。 「好きでもない奴にこんなめんどくせぇ事しねぇよ」 「……」 すぐ耳元に押し殺したような声が聞こえた。 何だ、今の。都合の良い幻覚か。 固まってしまった俺の頬に、いつもより熱い手の平が触れた。 「分かれよ」 薄暗い中、ゆっくり視線を向けると、要司が近づいてきた。目が少しずつ暗闇に慣れて、やがて、視線が繋がる。 「つか……めんどくさいって、何だよ……」 やばい、声震える。顔を逸らすのも許されなくて、顎を掴まれて口が塞がれた。熱い唇は軽く触れた後、頬を、首筋をゆっくりとなぞる。そのまま紡ぐ言葉は肌にしみこむようにじわりと響いた。 「めんどくせーだろ、お前。世話は焼けるし、体固いし」 「なっ」 後半はどうでもいいだろーが。 髪を引っ張ると、耳朶をピアスごとかじられた。耳は弱い。ひくりと喉が動いてしまった。 「それでも離す気ねぇしな」 「……」 ……マジかよ。 かじられた耳がじんじん痺れる。 「聞いてんのか?」 「……」 反応のない俺に、焦れたように聞いてくる。 「おい、」 分かってる、ちょっと待て。こんな顔見られんのも嫌なのに。 「よっ……よろこびを、かみしめてんだよっ……」 「……ぶっ」 なっ、ひでぇ今の笑うところじゃねぇよ。 顔を隠そうと持ち上げた腕はまたしてもソファに拘束されて、要司はにやりと俺を覗きこんできた。 「お前、すげー俺のこと好きだよな」 「っ……」 あぁもう、むかつくなこいつ……! 「そうだよ好きだよ悪いか!」 分かってんならいちいち確認すんな。 開き直ると奴はあっさりすっぱり言い切りやがった。 「そうだな」 「はぁ?!」 悪いのかよ! 「正直に言わねぇのは悪いだろ」 あー、そこ…… 「……だって、しょうがねぇだろ……」 「何が」 「んなこと言ったら、何もかもお前に敵わねーし」 「はぁ?」 意味が分からん、という顔だ。そらお前には分からんだろうな。出来る男なんかに分かるわけがない。 そりゃ自分が賢い人間じゃないことくらい昔っから分かってる。けど今までは他人なんて気にしたこともなかった。他人は他人って割り切ってたからだ。たとえ恋人でも。それは相手が女だったからかもしれないけど。 だから焦るのだ。この男だけは違うから。誰よりも対等になりたい。そうしないと、置いていかれる気がして。けど…… ちょっと待て。結局こいつに先に言われたってことは、それって、負けてるってことじゃねーの。意地はってた自分が急に情けなく思えてきた。それもまぁこいつが難なくこなしたからそう見えるだけかもしれないけど。ってことは何、こいつがすることは何でもすごく見えるのか。なんだそれどんなミラクルな脳だよ。おかしいんじゃねーの、俺の頭。恥ずかしすぎるだろ。 「お前、最近入れたいってうるさかったのはだからかよ」 俺の上に乗っかったまま、はぁー、とものすっごく呆れた顔で言われた。 「あー……」 つい濁してしまった俺の返答に要司は眉をひそめる。 「違うのか?」 違うというか、なんというか…… 「っ……」 両足の間に入った要司の膝が服越しに俺の股間を押してきた。うそだろ、ふざけんな。 今更ながらにここが会社のソファであることを思い出して焦った。 「じゃあ何だよ」 「それはっ……」 声が上ずる。どんな拷問だこれ。 確かに、ちょっと前から逆転を狙っていたのは、勝ちたい的な気持ちも少しはあったのだが、でも、それよりも…… こんなこと言う気はさらさらなかったのに、さっきこいつがあっさり好きと言いやがったからこっちも言わないことには恰好がつかない。それも結局こいつの影響だと思えば癪なんだけど……あぁもうそんなこと言ってたらきりがない。 掴まれていた腕を振り払って俺は自分の顔を隠した。 「お前にされるの超気持ち良いから同じこと俺がやったらお前も同じ気持ちにできっかなって……」 「……は?」 「だってお前モテるし! 俺はもうお前しかムリなのにそんなの不公平だろーが!」 「……」 もうヤケだ。あああもう消えたい…… 頭上から、クッ、と笑った声が聞こえた。 「馬鹿だなぁ、お前」 「う、うるせーよ……」 それは重々承知だよ。 女相手じゃできないやり方でおぼれさせることができたら、少しでも心変わりが防げるかもとか、いやまぁもちろん自分にそれだけの技術があるかどうかって話なんですけどね…… 「って、いつまで笑ってんだよ」 いい加減腕の下から睨みつけると、何やらものすごく楽しそうな顔で、要司は俺の髪をくしゃりと撫でてきた。 「俺、お前のそういうとこ好きだぜ」 「えっ」 「馬鹿なくせに考えすぎて余計馬鹿なことになってんの」 「……」 こいつはもう、本当に……分かってんのに毎回引っかかる俺も俺だけど。 「俺はお前のそういうとこ嫌い」 フンと顔をそむけて言ってやった。 「ん?」 「人を喜ばせた直後思いっきりたたき落とすとこ」 「ははっ」 「笑ってんなっ」 あーもうこの余裕な。ホントどっこから出てくるのかね。こういう余裕が女子をも引き寄せるのか? 「別に、不公平じゃねぇよ」 要司が言った。 「んだよ、どういう意味だよ」 「さっき自分で言ったことだろ」 「……」 なんでちゃんと言わねーかなぁ。って、俺が言えることじゃないか。 気持ちを伝えたらもう触ることもできないと思っていた。でも言わなくてもバレバレだったってことは、今まで無駄な努力をしていたということか。 て。ずっとバレてたってことは……うわぁぁやばいすげー恥ずかしくなってきた……! 「ど、退けよっ……」 耳まで熱い。 「やっぱお前、馬鹿だな」 やれやれ、とため息が降ってきた。 「は? 何が」 「俺を職場でこんな状態にするなよ」 そう言ってズボン越しに押しつけられるものの大きさに。 「なっいつの間にっ」 「ま、お前もだけどな」 「誰のせいだ、誰の――っ!」 と言いつつ、職場では絶対駄目だという要司の主張により大人しく残業に戻る羽目になったものの、結局要司も手伝ってくれたおかげで完了したのは9時前だった。工場長に「9時には帰る」と報告した時、そんな早くできるか、と内心文句を言っていたのだが、もしかしてはじめからそのつもりだったのかと、気付いてしまうと余計うれしかった。なもんだから、「早く終わってよかったな」と、その『誰のおかげかなー』と言わんばかりの言葉にも、ヘイヘイと素直に頭を下げるしかなくて。 「――んっ……」 風呂上がりの今となっては、ろくに服も着ずに大人しく要司のモノを咥えたりなんかしてる。 こうなるともう「入れさせろ」なんてことは言えない。もっとも、そんな気はだいぶ治まったのだが。 と、せっかく思ってたってのに。 「そんなにやりたいんなら入れてみるか?」 「……は?!」 何その「天気も良いし出掛けるか」的なノリは! 「え、まじで? つか、何で?」 だって今までずっと「ダメ」の一点張りだったのに。 体を起してその顔を覗き込むと、要司はしれっと、 「まぁ、簡単にさせんのもつまんねぇかなぁと思ってたんだけどな」 「は?! っだよそれ?!」 「夢は簡単に叶ったらつまんねーだろ」 「いやいや、つまんねーとかそういう問題じゃねーし!」 今まで何度迫っても結局ごまかされてダメだったからそんなに入れられるのが嫌なのかと思っていたのに、まさか「つまらない」なんていう単語が出てくるとは……なんてデリカシーのない奴なんだ。 「だからまぁいいぜって言ってんだろ。そこまで嫌なわけでもねーしなぁ」 「おっ……まえ、マジで意地悪ぃよなぁ」 しみじみそう言うと、要司はにやりと笑った。 「それが好きなくせに」 「好っ……きだけど……!」 好きなのかよ、と自分で自分にツッコミだ。いやでもそれはこいつが好きなんであって別に意地悪されるのが好きという意味では……って何恥ずかしいこと言ってんだ俺。 何だかもう誘導尋問かというくらいどんどん流されていく。こいつといるといつもそうだ。でも、暴かれるのは自分のことばかり。こいつのことも全部分かればいいのに。 「じゃー入れる。覚悟しろよ」 「おー」 気合いを入れるこっちとは対照的に要司はにやにやと余裕げに笑い、なんのためらいもなく両足を開いたりしている。マジでデリカシーないな、こいつ。 「分かるか?」 「なめんなよっ」 「舐めんと入らねぇだろ」 「もーお前黙ってろ」 「へいへい」 こいつ絶対楽しんでるよな…… 両足の間に体を入れ、覆いかぶさって胸板に口づける。しっかりしたその皮膚を舐めているだけで腰が疼く。風呂上がり後のこの石鹸の匂いが、だんだん要司の匂いに浸食されていく変化が好きだった。そこに自分の匂いが混じり合えば何だか泣きたいような安堵感に包まれる。今は自分だけのものなんだ、っていう。考えるだけでなんかやばくなってきた。 「エロい顔」 「っ……」 ふと顔を上げると、要司は布団の上に後ろ手をついて、AVでも見てるかのようにくつろいでこっちを眺めていた。 「指舐めろよ」 「っせぇな……」 押し倒してるのはこっちなのに何でこんな主導権握ってるような顔してるんだこいつは。 「もーお前寝てろっ」 「へいへい」 肩を押し倒すと、要司は頭の後ろで腕を組んで布団の上に寝転んだ。余計な動きをしないように割れた腹筋をぐっと抑え込み、右手指を口に含む。自分の指を舐めるのがこんなに恥ずかしいなんて思いもしなかった。人差し指と、中指。 「もっと濡らせよ」 「っせーなっ……」 下からの視線に煽られるように舌を伸ばして絡めてると、さっきまで舐めてた要司のが眼下でその存在を主張してきた。俺のも、まだ触ってないのに同じくらいになってる。はずかしすぎるからそれは見ないふりして膝を開いた。そういえばやらせろとは言いながら今まで全然具体的に考えたことなかった。変な感じだ。女とは全然違うそこに中指を入れる。 「きつ……」 一本でこれかー…… しかし要司の余裕は相変わらずで、にやりと視線を投げてきた。 「俺はお前のきつさ気に入ってるけどな」 「っ……散々広げといて、何言ってんだ」 「じゃあお前も広げろよ」 「お前、簡単に言うけどなあ……」 「俺がいつもやってるだろ」 「う……」 いつも、と言われて、思い出すように記憶をひっくり返す。 そうだ、要司の指は固くて太いのに、いつも驚くほど器用な動きで俺の中をほぐしていくのだ。気がつけば3本埋められてて、中のいいところを掠めたかと思いきやばらばらに動かして思う存分焦らしてくる。いつもそれだけで早く欲しくてたまらなくなってしまう……って、考えただけで自分の奥がうずいてきた。 「何、入れられてんの思い出す?」 「え、」 ちょっと図星で焦る。いやいや、違う、今日は逆だから。 でも、下から俺を見上げてくるその視線はもう、見てるだけで体が熱くなってくるようで。そんな俺を見透かしたように、くっと顎を上げて要司が笑った。 「上に乗るの好きだもんな、お前」 「っ……なこと言ってねぇだろ……!」 「入れてりゃわかる。締め付けすげーしな」 確かに、でもそれはこいつの顔が一番見える体勢だから……ってだから俺が思い出してどうする! 「もーお前うるさい! なんだよさっきから!」 「お前こそなんだよ。俺を試してんのか?」 「はあぁ? 意味わかんねーし」 「さっきからそんな顔しやがって……」 「顔? 顔って何が」 不意に目の前に手が伸びてきて、くしゃりとまだ湿ったままの前髪をかきあげた。ひやりとする肌触りが心地いい。 「顔真っ赤」 「へ?」 「目ぇ潤んでるし……すげー、欲しいって顔してる」 「んなっ……!」 そういうお前の顔がどんだけエロいのか自覚してやってんのか。 「だいたいなぁ」 やれやれ、といった感じで要司が起き上がり、中に突っ込んでた指は抜かれて腕を引っ張られた。 「そーいう顔するから、いつも俺が先に手出すんだろーが」 「はあぁ?」 「不可抗力だ」 不可抗力って何だ。 わけ分からんことを言って要司の指が俺の中に入ってきた。 っていやいや、これじゃいつもと同じだから。 「だっから、今日は俺が……!」 「あぁ、それはまた今度な」 「はぁ?!」 何その軽い感じ! こっちは北海道行こうと言ってたのに当日沖縄に変更なと言われたくらいの衝撃だってのに。 「時間切れだ。お前が悪い」 「悪いって、何……!」 文句を言いたいのに、前も同時に弄られて思わず目の前の肩にしがみついてしまった。と、昨日俺が噛んだ歯形を発見。それを見た瞬間、もうどうでもよくなってきた。 もっと俺の痕が残ればいいのに。 膝立ちしていた両足は要司の足を跨ぐ形で大きく開かれる。下には今すぐ挿入できそうなくらい立派な要司のものがそそり立つ。 「……!」 指が咥えた中が、きゅっと収縮したのが自分でも分かった。 「ほら、入れろよ」 ぐちゅ、と音を立てて指が抜かれた。その手で尻を掴んでくる。 「好きだろ、この体位」 「うっ、せ……」 肩にしがみつく俺の耳に、ささやく声。 「すげー良くしてやるよ」 「っ……くっ――」 少しずつ、馴染んだ大きさが中を埋めていく。奥まで入ることは分かってるのに、自分で入れるのは何だか怖い。気付くと肩をものすごい力で掴んでいた。ふ、と耳元で笑われた気がした。 「お前、がんばりすぎ」 耳を舐められた。瞬きをすれば涙がこぼれそうで、我慢しながら奴を睨みつける。 「っせ……お前みたいに、余裕なんてねーよっ……!」 「……」 ねぇよそんなもん、と聞こえた気がしたけど意味を考える前に思考がぶっ飛んだ。こいつが急に動いたせいだ。 ぐん、と奥を一気に突かれて思わず背を逸らした。 「んっ、あ、あぁっ―――」 あーもう、好きだ。 脳味噌まで揺さぶられて余計なものが全部零れ落ちて頭の中はそれしかない感じ。それしか考えないで済むのは幸せってことなのかも、しれないけど。 しがみついた肩に爪痕がついたのを見て、またちょっとうれしくなってしまった俺は我ながら単純だ。 ***** 「こら須磨!! 二日連続か!」 「ひぃ!」 工場におなじみの怒声が響き渡った。今日はがんばって猛ダッシュしてラジオ体操の終盤でなく中盤で入ってきたのに、それでもやはり駄目だった…… 「あーすんません、モーニングコールし忘れました」 後ろからそんな声がして、振り向くと遅刻の原因である張本人。こいつ、また一人先にきやがって…… 「頼むぞ、魚住」 本気なのか、工場長はそれだけ言うとラジオ体操へ戻ってくれた。要司相手だとそんな一言で済むのか。どんだけ信頼厚いんだこいつは。 睨みつけると、要司はやれやれと肩をすくめた。 「ったく、また遅刻かよ」 「こんのやろ……」 しれっとした顔しやがって。本当に腹が立つ。 だって昨日はまた特にひどかったのだ。何回いかされたか分からない。散々焦らした後に中で出されること数回、気がつけば気を失うように寝ていた状態だし。まったく不公平だと思う。自分ばっか余裕取り戻して人の苦しむ姿を楽しむとか。まぁ結局は気持ち良いんだけど……いや、うん。でもそもそも体力を考えてほしいと思う。マジで体もたないっつーの。 「あーもう、絶対次は入れてやる」 ラジオ体操も終わり、皆が持ち場に去っていくのを見ながら掠れ声でぼやいてると、要司にハッと鼻で笑われてしまった。 「ムリだろ」 「何ィっ?!」 確かに、昨日ので正直自分でも無理な気はしてきたけど、そんなはっきりきっぱり言われるとやっぱりおもしろくない。 睨んでやったが、しれっとした顔で奴は言いやがった。 「だったらあんな顔見せんなよな」 「は?」 さりげなく顔が近づく。 「お前の泣き顔、たまんねぇんだよ」 「……!」 それはあれか、つまり攻めたくなる顔ということか……ってそれって一体どうなんだ…… 「もう何、お前……」 だから昨日もさんざん泣かされたのか。思いだすだけで恥ずかしさまでよみがえってくる。本当にまったく酷い男だ。 「それでも、好きなんだろ?」 ん? と向けられる意地悪な笑み。もう反抗するのもいっそ馬鹿らしい。 「すっ……きだよ、悪いか」 「なんだぁ仙、何が好きって?」 いつの間にか同僚が近くにいて、焦った。とにかく笑ってごまかす。 「いやー俺この仕事すっげ好きだなーって!」 「そうかそうか、じゃあ今日のノルマこんだけな」 「ちょっ、てめ……!」 要司から今日はまたひどく複雑そうな図面を渡されてしまった。そしてニヤリと笑い、耳元で、 「残業ナシでできたら入れていーぜ」 「言ったな、このやろ……」 あぁなんだか、遊ばれているような気がするのは……気のせいじゃないだろうな、絶対。 |
|
■END■ |