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別に怒りたいわけじゃないのだ。 今日だってそうだったけど、声をかける度に申し訳なさそうな顔をされるのは分かってるけど、別にそんな顔が見たいわけじゃないのだ。当然だ。できれば、好きな人には笑顔でいてもらいたい。とは思ってるのに、この長年(といってもまだ3年弱)の習性はなかなか簡単に修正できるもんじゃない。 初対面で人の印象は0.6秒で決まると誰かが言っていたけれど、振り返るとその印象は最悪だった。汚い。その一言に尽きた。その時も徹夜明けだったので仕方なかったのだろうが、それにしたって一応会社にいるのだから髭くらい剃ってちゃんとするべきだろう、と思う自分の予想に反して本人はまったく気にしていなかった。こんな人が本当に得意先にまで同行するのだろうかと始めから心配だったくらいだ。 皺のついたシャツに、のんびりした口調。性格も大雑把なんだろうなと想像した通り大雑把だった。そして無類のゲーム好き。それだけならただのオタクとして特に踏み込む必要もなかったのに、仕事に関してのみ完璧で、それでいて不思議と周りから慕われている。興味を持ってしまったのはそれに気付いてからだ。「汚い人」が「変な人」に変わった。その「変な人」が「可愛い人」に変わったのはいつだったか、気付けばやられていたのは、その笑顔のせいだ。 怒りたいわけじゃない。ただ、視界に入ってくると気になって口を出してしまうだけだ。そんなに監察しているのかと気付いた時には当然、手遅れ。認めるまでは必死に抗ったりもしたもので、怒られて当然なことも言ったりしたのに、何を言ってもあの人には敵わなかった。どれだけ嫌われるようなことを言っても「東条はカッコイイよな」と普通に笑顔で言えるような人だ。相手にされてないだけなのかもしれない、と思って一人腹を立てたり、それでもやっぱり口を出してしまって、自然と保護者みたいなことをしてしまって、「サンキュ」と笑顔で言ってもらったりして。 何て不毛なことをしてるんだろうと、いい加減煮詰まってきた時にあの眼鏡事件だ。酔った勢いの過ちとか良く聞く話だが、ベッドの上に男物の眼鏡とか、聞いた時点でひやりとした。この人が他の男のものになるなんて絶対許せないという確信。と同時に、やっぱりそういう意味で好きなのかという確認。 普段は色気など皆無なのに、おかしな話だ。しかし普段がそうなだけ、たまに見せられると動揺してしまう。 今日だって、本当に仮眠を取ってほしくて連れて行った会議室でそのまま突っ走りそうになって焦った。だってあの人はたまに発言がずるい。無意識なのがまたずるい。無防備なくせに触ると逃げるし。 でも、せっかく捕まえたこの人を逃がしたくなくて、タイミングを計っていたが、それももう限界だ。 「ちょっと、往生際悪いですよ古賀さん」 「ちょ、ちょっと待て、東条落ちつけ。な?」 「古賀さんが落ち着いてくださいよ」 じりじりと繰り広げられる攻防戦in東条邸。あれだけはっきり予告しておいたのにまだ指一本触らせてもらえないとはどういうことだ。外で夕食を食べてから家に誘えばすんなり来てくれたということは了解したということじゃないのか。 寝室どころかまだリビングにて、固くなって壁に身を寄せる古賀の姿に、東条は深い溜息をついた。風呂に誘っただけでこの有様だ。この人はいつもは大雑把なのに、どうしようもなくなると縮こまるくせがある。まぁそこも可愛いんだけど。 「古賀さん……怖いんですか?」 とりあえず自分のシャツを緩める。ネクタイを抜きとり、ハンガーにかけ、ゆっくりと袖のボタンを外していると、視線を逸らした古賀がコクリと肯いた。 「うん……ちょっと」 うん、て。 今すぐその肩を抱きしめたい衝動をぐっとこらえ、とりあえずどう攻略していこうかと考えを巡らせていると、古賀がぽつりと言った。 「だって絶対お前、後悔するって」 「はあ?」 ちょっと待て、何言ってんだこの人。 「あんた馬鹿ですか」 「うん、俺もそう思う」 「……」 そこで肯定するか。 「お前に好かれてると思って調子に乗ってた俺が馬鹿だった……」 「あんたなぁ……」 あぁもう、この人は。 普段無神経なくせに余計なところで気を遣うとか、たちが悪い。キリがない。 「風呂行きますよ」 「わっちょっ、待てって!」 「もう充分すぎるほど待ちました」 そうだもう充分待った。怯える姿も可愛いけど、求めたいのはそんなもんじゃない。 「東条、東条!」 「そんなに、嫌ですか」 ダン、と壁に手をつくと、一瞬驚いたように見開いた目が、ふっと床に落とされた。 「だって、しょうがないだろ……」 しょうがなくなんて全然ない。こっちは俯いた隙に見える首筋にすら気が逸るというのに。 いっそ睨むように見つめていると、だって、と稀に聞く頼り無い声で古賀は言った。 「だって、お前みたいな良い体じゃねーし」 「……は?」 何を言ってるんだ、この人。 「筋肉なんて貧相だし色も白いし腹も出てるし」 「……」 シャツをめくってみる。 「あー……」 「納得した!」 ヒドイ! と両手で顔を覆って泣き真似だ。 「ちょっと、自分で言っといて勝手に傷つかないでくださいよ」 だいたい、そんなこと分かってる。どれだけ監察してきたと思ってるのだ。ひどいのはどっちだ。 「俺が、何を、後悔するって?」 「だか、ら……お前は、こんな体じゃなくて、もっと女の子の――」 「それ以上馬鹿なこと言ったらもっとひどいことしますよ」 「なっ」 「古賀さん、俺は古賀さんが後悔しようが何しようが絶対やるつもりでしたけど、それじゃ駄目なんですか」 「……」 うー、と声にならないうめきを上げて、古賀は東条の肩にポスンと頭を寄せた。 「駄目じゃ、ない……」 「ですよね」 もう、どうしてくれようこの存在。 「うー、あーだめだめ、それ嫌だって……!」 「ちょっと、蹴らないでくださいよ」 またもや繰り広げられる攻防戦in東条邸、のベッドの上。状況は進展しているだけまだマシか。 「だって、何でそんなとこっ……」 涙目で訴えてくる古賀を、今にも無礼講をはじめそうな理性を精一杯押しとどめながら説得する。 「何でって、男はどこ使うかくらい知ってるでしょ」 「うっ……そうだけどさ……もう充分触っただろー」 もうやだ、死ぬ、とシーツに顔を埋めてぐずぐずしている。 「ちょっと……それ冗談ですよね」 全っ然笑えないですけど。 勘弁してほしいのはこっちの方だ。さっきからどれだけ我慢してると思ってるんだ。 別々にシャワーを浴びた後、長い長い口づけをしながらベッドに入った。電気を消すように言われることも予想がついたのでそんな余裕は一切なくしたかったのだ。だってせっかく初めてするのに、どんな表情も一つ残らず見逃したくないし、と思っていたが、これはこれでやばくなってきた。恥ずかしいのかなんなのか、キスだけで泣きだしてしまう古賀が可愛くてたまらなくて、一回抜いといた方がよかったかと思ったくらいだった。とりあえず「慣れるまで触らせてもらう」と予告したとおりに実行しようとしたが、慣れるまで、というのは到底無理だということが分かった。その小さな胸も、背中も脇腹も太股もどこもかしこも敏感で、指先や唇で触る度にその体は悩ましげにシーツを乱した。 「東条、もう無理っ……」 これ以上ないくらい真っ赤になって懇願してくるが、それはこちらが無理という話だ。濡れたままの古賀の髪をかきあげると、きゅっと目を閉じた瞬間涙がぽろりとこぼれた。その目尻を舐めるとまたビクリと肩が震え、熱い息が肩にかかる。 「ほんと、敏感ですよね古賀さん」 「なっ……」 男の体がこんなに敏感なんて知らなかった。 ささやくと、認めたくないと言いたげに古賀は首を振った。 「うそだ……お前の手が、変なんだっ……」 「……」 それって。 「俺の手だから感じるってことですか」 「当たり前だろぉ……!」 まったく、この人は…… 「古賀さん……もう無理って言いながら煽ってんの自分だってこと、分かってます?」 「えぇ?」 さっき拒まれた箇所に再び中指を忍ばせると、抑えていた太股が強張った。 「あっ――」 「もっと変になってくださいよ。この手で」 この人をこんなふうにできるのは自分だけなのだ。よかった、と素直にそう思う。この人の素直さが伝染してきたようだ。 「もっ……じゅうぶん変だってばっ……」 「いいえまだまだです」 こんなに感じて、後ろも脈打ちながら指を締め付けてくるのに、これでもう充分とか酷すぎるだろ。 「うううっ、いじわる……!」 引きはがすように肩を掴んでくるが、その力もまったく頼り無い。 「まぁ、それって今更ですよね」 「そりゃそうだけど……」 あーそう、認めるんだ。 「すみませんね、好きな子に意地悪するようなガキで」 「んっ、あぁっ!」 増やした指を奥に進めると、一際高い声が上がった。 閉じそうになる膝を開いて体を入れると、腹部に熱いものが触れる。わざと揺らして刺激すれば後ろがさらにきゅっと締まった。 この手だけで感じる体を、もっと、全身使って感じさせたい。 「痛くないですよね」 「う、んっ……でも、なんか……」 「変な感じ?」 訊ねると、頼りなく首を振る。 「なんか……こわ、い……」 「……」 シーツにしがみついて顔を隠す古賀の手を、そっと引っ張った。 「大丈夫、俺を見て、俺を掴んでいて」 「あ……」 ゆっくりと見上げてきた目は、涙がたまってゆらゆら揺れていた。 「東、条……」 「っ……」 ドクン、と鼓動が跳ねた。こんな、名前だけで。 「東条……」 くり返し、掠れた声が耳をくすぐる。 す、と伸ばされた手が、自分の頬に触れた。指先が柔らかく触れて、古賀は、ふにゃりと笑った。 「かっこいいなぁ、お前……」 「っ――」 あぁもう、この人は――― 「あっ―――」 こんなに、自制心を働かせないといけない行為は初めてだ。 「っ、く……!」 やっと繋がったそこを、慎重に、少しずつ深くしてく。 早く全部が欲しいという欲望と、絶対に傷つけたくないという思いが同じくらいの強さで渦巻いている。 「っ……ん……!」 「古賀さん……声、出して」 苦しそうな姿に、そうささやけば。 「んっ……とう、じょう……」 名前を呼びながら腕にしがみついてくるその姿に、また煽られる。 「ひぁっ――」 抑えが効かない。だってこんな声とか、想像してたよりずっと。 「古賀さんっ……」 「あ、あっ、東条……!」 好きです、とささやくと、さらに締め付けられて、なけなしの理性が飛んだ。 「ちょっと古賀さん、何逃げてんですか」 「……」 こういう状況になったら一緒に寝て朝を迎えるのが一般常識だろ。というのにこの人は、汚れたシーツにも関わらず包まってベッドの上で距離を取っている。正直傷つく。 無理に近づくことはせず、呆れ半分、怒り半分でじっと見つめていると、古賀は泣きはらした目をうらめしそうに向けてきた。 「お前……加減しろよな……!」 「はい?」 「初心者相手にやりすぎだろ……」 「……」 だから離れているのか。 確かに、止まらなかった自覚はあるからなんともいえないけど。 でも、次々と煽る自分も悪いと思う。おかげでこっちは理性崩されっぱなしで、一体何回やれば冷静に観察できるようになるのかと思っていたが結局何回やっても無理だった。監察すればするほど煽られて、これはやっぱ電気消しといた方がよかったかも、と思ってしまったくらいだ。 それにしても、それでこんなに怯えられるのは気に食わない。 「そんなに、嫌でした?」 ちょっとわざとらしく、はぁ、と肩を落として東条が言うと。 「……嫌、ってか……」 古賀が目をそらした。掠れた声が痛々しいが、少し色っぽくもある。 って俺、相当重症だな…… ガシガシと頭をかいてると、古賀がぼそっと言った。 「お前は……慣れてんだろうなって思ったら……」 ちょっと、むかつく。 そう言われて、思わず凝視してしまった。 もしかしてこの人。 「……妬いてるんですか?」 まさか、この大らかな人にそんな感情があるとは。 失礼ながら驚いていると、本人は否定せずに真っ赤な顔を困ったように歪めた。 「ううっ……分かってるよ、馬鹿だよなぁ」 「はい?」 「だってお前かっこいいもん、慣れてて当たり前だよなぁ。ごめん、今のナシ」 そう言ってシーツに顔を隠してしまった。 「……」 あぁもう、本当にこの人自業自得だと思う。 「――わぁっ、」 離れていた距離を一気に詰めて、ぎゅっと抱きしめた。 「慣れてなんかないですよ」 「え?」 まじで? と目を丸めるその表情にまたクラっとする。 「特に古賀さんに慣れるにはもっと時間が必要みたいなので、覚悟しててくださいね」 「覚悟ってなに?!」 慣れるまでが大変なのはお互い様、ということだ。ま、慣れてしまったらおもしろくないのだけど。 とはいえ、やった後に即避けられるのはいただけない。真っ先にそこだけは慣れてもらわないと。 「くっ、苦しいって〜!」 とりあえず、これ以上離れられないようにきつくきつく抱きしめておいた。 |
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